日別アーカイブ: 2020年6月7日

黒幕・政商たち p.130-131 戸川貞雄氏は身を退いた

黒幕・政商たち p.130-131 内山知事は、自分が払下げの申請を行い、自分が関東地方審議会臨事委員として、払下げの審議に参加し、さらに株式会社の設立発起人筆頭となって、特別な契約を結ぼうとする
黒幕・政商たち p.130-131 内山知事は、自分が払下げの申請を行い、自分が関東地方審議会臨事委員として、払下げの審議に参加し、さらに株式会社の設立発起人筆頭となって、特別な契約を結ぼうとする

政治評論家の藤原弘達、戸川猪佐武氏らも、評議員としてその研究会に名を並ねている。

「戸川猪佐武氏は、読売政治部記者から、政治評論家となり、さきの選挙に神奈川三区から出馬して、落選こそしたが、得票は二万弱で、初出馬以上の実力をみせた人物。実弟雄次郎氏は、読売社会部記者時代、芥川賞を得て、作家菊村到に転身し、作家出身の政治家として有名な戸川貞雄氏を父に持っていることは、すでに世間に知られている」

ここまで記述すれば、もはやすべては明らかとなってしまう〝人間関係〟である。田川パンフレット第七頁には、こう書かれている。「しかし、神奈川県は申請通りの県立公園を造る意思がなく、元知事秘書上妻某、戸川某氏らのあっ旋によって、国民政治会専務理事御喜家康正氏の計画しつつあった、株式会社サイエンス・ランドに、この土地を譲る方針を固めつつありました」

この文中に、戸川某氏と指さされているのが、猪佐武氏であることは明らかである。そして猪佐武氏の父貞雄氏も、ランド計画に参画しており、同社の役員予定に列していたのだが、流説によれば、田川議員が「戸川如きが役員に入っているような会社など、応援できるものか」と、罵ったと伝えられるに及んで戸川氏は摩擦をさけるため、身を退いたのであった。

戸川貞夫、猪佐武父子は、河野一郎氏とその政治的同志たちの、政敵である。それだからこそ、リーフレット上にも現れなかった戸川貞夫氏の名前は、まずこうしてランド計画から消え去った。御喜家氏に対する、怪文書という卑怯な人身攻撃につづく、ランドの生まれ出づる悩み

の一つである。

二月十四日付リーフレットで、御署名順の筆頭発起人として、見えすいた登場をしてきた内山知事へも、〝政敵〟たちの風当りは強かった。田川パンフレット第八頁「とくに内山知事は、自分が払下げの申請を行い、自分が関東地方審議会臨事委員として、払下げの審議に参加し、さらに株式会社の設立発起人筆頭となって、特別な契約を結ぼうと努力するなど、奇怪な行動をとっています」と、攻撃され、さらに、四月七日の決算委の質問中でも「そういうことで、県が申請をしつつあるというときに、知事さんが別の会社の発起人になっておるというところに、地方制度からみて、地方自治からみて、少しおかしいものがあるのじゃないかと、私ども思うわけです」と、追及されているほどだ。

これは正論である。御喜家—戸川(猪)—戸川(貞)—内山という、ヒューマンリレイションズが読めた以上、内山知事の県立公園からランドへの転身声明(三月十六日付県公文書)からいっても、内山知事の名を筆頭発起人として印刷するのでは、ランド側の無神経で粗雑な頭脳がうかがわれて、これでは果して、青少年の科学教育の振興という大義名分を、国有地六万坪の名儀を書き換えて、開園にこぎつける日まで、持ち続けることが出来るのだろうかと、疑念も湧くというものである。身障児の治療センターにと払下げられたら、豪華なマンションになったというケースが、問題になったのも最近の例である。

黒幕・政商たち p.132-133 明らかに河野派の妨害

黒幕・政商たち p.132-133 社長となった市村清リコー社長は、「百名に余る財界トップの方々が、一部の妨害にくじけるようなことがあれば、日本財界に取り返しのつかぬ汚点を残すことになります……。私は義憤を感ずるのです」と
黒幕・政商たち p.132-133 社長となった市村清リコー社長は、「百名に余る財界トップの方々が、一部の妨害にくじけるようなことがあれば、日本財界に取り返しのつかぬ汚点を残すことになります……。私は義憤を感ずるのです」と

トカゲが尾を断ち切って逃げのびるように会社は内山知事を発起人から消した。そればかりではない。ランドの四面楚歌ぶりに驚いたのか、会社リーフレットに、社長予定者として名を出していた、日銀理事の山村鉄男氏は一足先に、東洋観光社長に就任して、これまた去った。

高級官僚という〝難物〟

河野派の牛耳る県議会もまた、ランド反対、内山知事弾劾の動きを見せ、県会議長小川要の名前で、県理事者へ意見書が出された。

「県は当初の計画通り、公園の具体化をはかれ。知事が営利を目的とするランドの発起人に参画している事実は理解に苦しむ。善処を要望する」と。

四月七日の総会の席上、御喜家氏は「土地問題が解決せず、会社が流産したら、払込金には銀行利子をつけてかえす。会社経費は自分と小谷氏名儀の三千万円で賄い、株式代金には手をつけない」旨を声明し、これを個人的念書として株主に出した。反対派からは出来ない会社を作って金を集めたのはサギだ、株式払込金を使えば背任横領だ、捜査二課が内偵している、と、株主たちを不安がらせる〝風聞〟が流されているのに応えたものである。

山村氏に代って、社長となった市村清リコー社長は、このような事態に対し、「百名に余る財界トップの方々が、一部の妨害にくじけるようなことがあれば、日本財界に取り返しのつか

ぬ汚点を残すことになります……。私は義憤を感ずるのです。いかなる迫害、妨害にもめげず、私は断乎やり通すことを、ここに誓約いたします」と、悲壮とも、ごう慢とも取れる挨拶を行って、その決意を語ったほどである。

だが、市村社長の決意にもかかわらず、一流財界人九十八名発起にかかるランド計画は全く〝一部の妨害〟によって、フン詰りの状態になってしまった。進むも退くもならないのである。ということは、この九十八名の連名には、みんなの意思統一による「財界」という形での、ランド建設計画ではなく顔見世興行的な、個人参加の形での財界スターのオールスター・キャストであったから、ジャーナリスティックなけんらん豪華にすぎないのであって、大向うをわかせることはできても感銘を与える芝居にはならないのであった。

つまり、〝鬼面人を驚かす〟態のハッタリにすぎないことが、政界、官界ともに見すかされていたのである。政治家や大蔵省の高級官僚たちの受ける印象からいえば、単なる財界個人の〝個〟の圧力しかなく、しかもそれが、連名によって九十八分の一に弱められているのである。それに加えて、御喜家氏への風当りが強く、そうまでされると、財界人たちが躍らされているといった感じも伴い、いよいよランド支持の魅力を失ってしまうのである。

市村氏のいう一部の妨害とは、明らかに河野派の妨害であり、それは当然、親方河野一郎氏の了解、もしくは指示によると解されるのだから、尚更のことである。「力は正義なり」方式

で、河野氏の実力振りになびかざるを得なくなる。

黒幕・政商たち p.134-135 〝政治問題化〟を図る田川議員

黒幕・政商たち p.134-135 この辻堂演習地については、接収解除に努力した内山知事の、その努力による自負から、自分の胸先三寸で何とでもなるといった官僚に良くみられる国有財産の私物視が、会社側の判断を狂わせた
黒幕・政商たち p.134-135 この辻堂演習地については、接収解除に努力した内山知事の、その努力による自負から、自分の胸先三寸で何とでもなるといった官僚に良くみられる国有財産の私物視が、会社側の判断を狂わせた

市村氏のいう一部の妨害とは、明らかに河野派の妨害であり、それは当然、親方河野一郎氏の了解、もしくは指示によると解されるのだから、尚更のことである。「力は正義なり」方式

で、河野氏の実力振りになびかざるを得なくなる。

それは、四月七日の決算委における、大蔵省江守管財局長の答弁によく現れている。サイエンス・ランドなどは、今の行政手続上の段階では、全く関係がありません、という冷たい態度でありながら、速記録をよく読んでみると、その行間には、「困るなァ、ランドも。こんなにモメないよう、ウマクやってから大蔵省に持ってきてくれなくては! 政治力がなさすぎるよ!」と、舌打ちでも出そうな感じが、読み取れるのである。

それはともかくとして、県会は三月二十五~七日の常任建設委の審議から、さらに本会議に持ちこみ、ランド反対、公園促進、知事の善処という、意見書の決定まで行い、このような地方議会での余勢を駆って、地方での〝政治問題化〟から中央での〝政治問題化〟を図る田川議員の質問になったのであった。〝政治の問題化〟したということは、もはや〝政治的解決〟を図る以外、打開の途がないということである。それには、一番手ッ取り早い「金」もあろうし、「物々交換」もあろうし、「利権」も「選挙」もあろう。伴睦流の「足して二で割る」もある。いずれにせよ三十九年の四月上旬で、株式会社サイエンス・ランドは、こうして、完全に行き詰ってしまったのである。

ここまでの段階を、時間的にみれば、計画の具体化から僅か数カ月である。御喜家氏によれば、「案がまとまったのが二年ほど前、三十八年九月から会社廻りをはじめて、翌年の二月に

ようやく百社の賛成を得ました」(前出アサヒ芸能誌)というが、百社のスター・キャストは組めたが、肝心の地元政界の政情分析から、中央政界への関連性など、さらには官僚研究など、重要課題を全く無視しているのであるから、氏の前歴その他がうんぬんされるのも無理はない。

かりそめにも、今日の日本の社会構造で、億単位の事業をしようというのに、政、官界の研究なしにスタートするというのは、暴虎馮河の勇、ことにその事業の舞台に、六万坪の国有地を想定するにいたっては、もはや言を俟たないところである。

もっとも、この辻堂演習地については、接収解除に努力した内山知事の、その努力による自負から、自分の胸先三寸で何とでもなるといった官僚に良くみられる国有財産の私物視が、会社側の判断を狂わせたと、みられるフシがないでもない。

それは、県立公園という名目で、六万坪だけ確保しておき、何かウマイ話に使ってやろうという、知事のハラも読めるようである。ランド計画は二年前(御喜家氏)というし、三年四カ月の間大蔵省へはナシのつぶて、発起人承諾、「(ランド促進の)当方の趣旨を認めた後の申請書取下げ」という大蔵省への公式回答など、一連の事実をつづりあわせると、そんな答が出てこよう。

黒幕・政商たち p.136-137 原因は国会における質問

黒幕・政商たち p.136-137 〝華麗〟なる事業が泥にまみれ、戸川貞雄氏を退け、内山知事を除き、社長予定の山村鉄男氏が去り、ついには主唱者の御喜家氏自身が葬られるという、ハンケチが雑巾に変りゆく過程
黒幕・政商たち p.136-137 〝華麗〟なる事業が泥にまみれ、戸川貞雄氏を退け、内山知事を除き、社長予定の山村鉄男氏が去り、ついには主唱者の御喜家氏自身が葬られるという、ハンケチが雑巾に変りゆく過程

〝夢の興行〟解散へ

「市村学校」の後退

一流財界人百氏の動員を、半年間でなしとげた御喜家氏も、たった〝一部の妨害〟のため、わずか三カ月で退陣を余儀なくされ、看板のハカナさと過信のほどを思い知らされることになった。フン詰りの状態が続いて、氏はついにランドの役員就任をあきらめ、一株主としての協力を表明せざるを得なくなったのである。

三十九年二月から同年夏までの半年間、これをサイエンス・ランド問題の第一期と呼ぼう。

われわれは、ここに、資本金十億、百人の財界人を発起人として、青少年科学教育振興という大旆を掲げ、国有地六万坪を事業場にしようという、〝華麗〟なる事業が、純民間べースの間は、順調にすべりつづけたにもかかわらず、政官界との接触がはじまると同時に泥にまみれ、戸川貞雄氏を退け、内山知事を除き、社長予定の山村鉄男氏が去り、ついには主唱者の御喜家氏自身が葬られるという、ハンケチが雑巾に変りゆく過程を、ハッキリとみることが出来た。

その原因は何かといえば、冒頭に述べたように、「国会における質問、という名の〝政治問

題化〟」の一言につきる。

さて、舞台は廻って第二期に入る。

この第二期の説明も、まず、印刷物によって、事実を確かめてみなければならない。印刷物とはいっても、六通の文書である。このうち三通の大蔵省と県の公文書をみると、田川パンフレットが、何故か、古い資料にのみもとづいて、構成されていることが、明らかになってくる。

ランドは、三十九年三月十七日に設立登記しようとして、書類その他の準備を進めていた。その時の書類をみると、設立発起人として、十四名をあげている。この第二期における、事態の変化を知るため、その十四名の名簿を見なければならない。

市村清(リコー社長)、長沼弘毅(日本コロムビア会長)、藤井丙午(八繙製鉄副社長)、松原与三松(日立造船会長)、本間嘉平(大成建設社長)、藤井深造(新三菱重工社長)、岡崎真一(同和火災海上会長)、水野成夫(サンケイ新聞社長)、渡辺武次郎(三菱地所社長)、越後正一(伊藤忠商事社長)、市川忍(丸紅飯田社長)、山村鉄男、小谷正一、御喜家安太郎の十四氏である。

この時の設立発起人代表の十四氏以外の、「発起人として御協力を頂く旨の御承諾を得ております」名簿は、実員九十九名、帝国石油岸本社長が抜け、森永製菓森永社長、山陽パルプ難波社長の二氏が新加入している。この時期には、ついに会社の設立が叶わなかったのは、前にのべた通りである。

黒幕・政商たち p.138-139 佐藤栄作をめぐる閨閥

黒幕・政商たち p.138-139 佐藤栄作をめぐる閨閥
黒幕・政商たち p.138-139 佐藤栄作をめぐる閨閥

佐藤栄作をめぐる閨閥①

元首相 浜口雄幸  国際電々会長 浜口雄彦 淑
          富士銀行頭取 岩佐凱実 清子
                富士
          代議士 大橋武夫

 昭和電工 大橋光夫
 大蔵省  大橋宗夫
        千世

森矗昶  日本治金社長 森暁
     早苗
     代議士 三木武夫
     陸子
     代議士 森清
     毬
    (安西満江)

              皇太子
日清製粉社長 正田英三郎  美智子妃
              日本銀行 正田巌
              恵美子
              修

佐藤栄作をめぐる閨閥②

佐藤祥明
  さわ
  もよ
佐藤秀助  元首相 岸信介
          佐藤栄作  日本鋼管 佐藤信二
            寛子  アラビア石油 佐藤竜太郎
元外相 松岡洋右  佐藤松助

         満江  千世
昭和電工社長 安西正夫  昭和電工 安西孝之
             三井不動産 安西直之
東京瓦斯社長 安西浩   東京瓦斯 安西邦夫
         敏子  昭和電工 安西一郎
             和子
元首相 吉田茂  桜子
        吉田寛