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黒幕・政商たち p.168-169 近藤正次は近畿事務所長に

黒幕・政商たち p.168-169 着任早々に、インフォーマーのお繕立てにのって、所長自ら〝天理市居住の医師〟に扮して、密輸中国人の手先と接触した。
黒幕・政商たち p.168-169 着任早々に、インフォーマーのお繕立てにのって、所長自ら〝天理市居住の医師〟に扮して、密輸中国人の手先と接触した。

権力の執行者に落し穴

近藤正次被告の、四十一年三月付の上申書は、「関税法違反及び麻薬取締法違反被告事件は、潜入捜査のため生じた、複雑微妙なる経緯を伏在する事案でありますので(中略)本件真相を把握賜りますようお願いいたします」として四三頁にわたり、衷情を訴えている。その目的をみてみよう。

一、当時の麻薬事犯の実情、ならびにこれに対する捜査方針

二、私が近畿地区麻薬取締官事務所に赴任以来、鈴木兼雄を情報提供者として採用した経緯及び同人の情報により検挙した事件の概要、ならびに本件潜入捜査の一目的たる李忠信逮捕にいたるまでの概要

イ 鈴木兼雄採用の経緯

ロ 阿知波取締官の五島会潜入

ハ 欧金奢検挙前後の状況(近藤起訴事実の一)

ニ 高橋正一を情報提供者として採用した経緯

ホ 鋤本取締官の五島会潜入

ヘ 森松敏一検挙前後の状況(起訴事実の二)および李忠信逮捕にいたるまでの概要

ト 宗敏明事件検挙の経緯

三、チサダネ号事件(起訴事実、近藤の三、鋤本の一、阿知波の一)

四、ルイス号事件(阿知波の二)

この上申書の目次をみれば、おおよその事件の経過は明らかである。「昭和三十三年十一月、厚生省麻薬課長に久万楽也氏が就任されるにおよび、全国八ブロックに別れている地区麻薬取締官事務所の、過去十年間における沈滞した空気の刷新を計るため、大規模な人事異動が計画され」て、近藤被告は、近畿事務所長になった。

そして、着任早々に「中国人が麻薬を大量に売りたがっている。そこで、天理市の医師に話したら、取引したいといっていた」という、インフォーマーのお繕立てにのって、所長自ら〝天理市居住の医師〟に扮して、密輸中国人の手先と接触した。往診カバンの中に、見せ金百七十万円を詰め、役所の車のナンバーを、陸運事務所に交渉して取換え、数回の接触ののち、深夜の街頭で、所長の車に壮漢が五人乗込んでくる。お抱え運転手に扮した部下の取締官は、思わず胸に吊った拳銃にふれてみる——こんなスリラーののち、所長の車を尾行している検挙班のオート・三輪が、五人の壮漢のうちの一人鈴木を逮捕するのだ。もちろん、中国人の麻薬の商品見本として持っていたヘロイン三一八グラムの不法所持だ。所長は、第五八条によって

鈴木から譲り受けたそのヘロインの、譲り受け責任はない。ここが、警察官の捜査と違う点である。

黒幕・政商たち p.170-171 麻薬王・王漢勝、欧金奢、李忠信

黒幕・政商たち p.170-171 近藤—阿知波—鈴木のトリオは、王漢勝のすぐ下のクラスの欧金奢を逮捕した。五島会の内偵の結果、洪盛貿易公司の李忠信逮捕へと勇み立ったのである。
黒幕・政商たち p.170-171 近藤—阿知波—鈴木のトリオは、王漢勝のすぐ下のクラスの欧金奢を逮捕した。五島会の内偵の結果、洪盛貿易公司の李忠信逮捕へと勇み立ったのである。

もちろん、中国人の麻薬の商品見本として持っていたヘロイン三一八グラムの不法所持だ。所長は、第五八条によって

鈴木から譲り受けたそのヘロインの、譲り受け責任はない。ここが、警察官の捜査と違う点である。

警察官の麻薬捜査も、現実には、刑法の総則(正当行為による犯罪の不成立)を拡大解釈して、麻薬の譲り受けを認めているが、原則的には、麻薬取締官だけである。だから、警察官は、エス(取締官はインフォーマーという)もろとも、逮捕してしまうし、尾行、職質など、自分たちが直接、麻薬に手を触れなくとも検挙できる捜査能力と組織とを持っているのである。

近藤所長の栄転後の初戦果に、本省はじめ近畿事務所は、すっかり張り切ってしまった。そして、麻薬撲滅のための水際作戦のため、鈴木の保釈を検事に運動して、情報提供者に仕立ててしまう。

極道、ヤクザ、グレン隊——このような人種ほど、権力に弱い卑劣な人間たちはおるまい。自分の悪事を反省するどころか、自分の罪を軽くしてもらうとか、釈放されるとかいう、私利私欲のためにだけ忠実で、仲間を裏切り、権力に迎合し、へつらう。鈴木とて、例外ではなかったのである。

そして、麻薬取締官という、国家権力の執行者であった近藤所長はじめ、三人の取締官は、鈴木を過大評価し、鈴木の狎れに馴染み、権力と権力の走狗というつながりを忘れて、人間感情を持ちすぎた結果、やはり、裏切られたのである。鈴木にとっては、取締官と警察官との、

二つの〝権力〟をハカリにかけて、今、自分を逮捕して、自分の自由を拘束している、兵庫県警に迎合することの方が、重大だったのである。

女を抱いて収賄

さて、忠誠を誓った鈴木の手引きで、神戸でカオを知られていない、東海地区事務所の阿知波取締官が大阪に派遣されて、麻薬暴力団「五島会」に潜入する。彼は偽名して、横浜で麻薬事犯指名手配をうけ、神戸に逃げてきた、鈴木の客人ということで、旅館住いの男。

近藤—阿知波—鈴木のトリオは、その年の暮に、王漢勝のすぐ下のクラス(在日幹部)の欧金奢を逮捕した。再びクリーン・ヒットである。五島会の内偵の結果、王なきあとの在日責任者は、洪盛貿易公司の蔡某こと李忠信と判明、本省の許可もとって、李忠信逮捕へと勇み立ったのである。大隊長クラスではあるが、欧金奢ともども、在日の大物であることは間違いない。

鈴木の紹介で、鈴木より一クラス上にランクされる、山清組の高橋正一が、同じようにインフォーマーになった。密輸外国船の中国人船員を捕えるためだ。だが、この時期から、鈴木は鈴木で秘かにある計画を練っていたらしい。つまり、高橋を紹介し、取締官に中国人船員の面割り(メンワリ。顔を覚えさせる)と称して、彼らを船に連れこみ、税関のフリー・パスを狙

ったものだ。

黒幕・政商たち p.172-173 栄光のカゲに墓穴が

黒幕・政商たち p.172-173 国家公務員の捜査費用で、彼らと対等に、ワリカン(もしくは、オゴられれば、次回オゴリ返す)で、付き合えるであろうか。これらが、すべて「贈収賄」事件として立件されたのである
黒幕・政商たち p.172-173 国家公務員の捜査費用で、彼らと対等に、ワリカン(もしくは、オゴられれば、次回オゴリ返す)で、付き合えるであろうか。これらが、すべて「贈収賄」事件として立件されたのである

だが、この時期から、鈴木は鈴木で秘かにある計画を練っていたらしい。つまり、高橋を紹介し、取締官に中国人船員の面割り(メンワリ。顔を覚えさせる)と称して、彼らを船に連れこみ、税関のフリー・パスを狙

ったものだ。

潜入した阿知波取締官の手腕は、仲々のものであった。その的確な情報で、事務所は、次々と2ラン・ホーマー、満塁ホーマーと打ちつづけた。年があけて、一月にバイ人を二人、二月には、王漢勝と同列の郭建新(欧金奢、李忠信の上部機関、連隊長クラス)の内妻、浜本順子らを逮捕した。

五島会の内部組織の解明が進み、〝麻薬営業部長〟が浮んできたので、ここで九州地区から呼ばれた、鋤本取締官が、密輸時計ブローカーから麻薬ブローカーに転業した男、として、やはり極道の群れに投ずる。

李忠信を追う、麻薬取締官の輪が、だんだんにせばめられ、二月下旬には、厚生省に防弾チョッキを手配してもらい、近畿事務所の二十名に、応援六名を得て、麻薬二ポンドと中国人暴力団数名に護衛された李を追うという、スリリングな場面まできた。

だが、近藤上申書はいう。「引続き、李の立回り先数カ所を、昼夜交代で張込みした。しかし、取締官だけでは人員不足の点、また国外逃走のおそれから、当時の担当検事も心配し、全国指名手配(警察)してはとの助言もあったが、王漢勝事件捜査のいきさつもあり(事件端緒から押収麻薬のすべてを取締官が押えたが=注、取締官の功績=、警察との合同捜査により、王漢勝を全国指名手配せよとの検事指示により、逮捕後は本件すべてを警察に移された苦い経験が

ある=注、手柄をすべて警察にとられた=)厚生省としては、この事件はあくまで取締官の総力を結集して検挙せよ、との指示にもとづき、ついに五月二日、李忠信を逮捕することに成功した」

三月には、五島会の幹部二名、四月にはまた二名と、さらに五月には、念願の李忠信と、潜入取締官たちは、近藤所長指揮のもとに、着々と成果をあげていったが、その間、栄光のカゲに墓穴が掘られていたのだった。

つまり、鈴木に対する信頼度が高まって、鈴木は「権力」に狎れたのである。また、Aは麻薬指名手配の逃走犯、Bは九州の密売ブローカーとして、彼らと行動を共にするのだから、キャバレーで飲み共に娼婦を抱き、するのである。服も紺の背広ではデカ・スタイルだから、派手なサイド・べンツを鈴木に借り、髪は極道刈りということになる。旅客機で東奔西走し、時計はインターということになれば、国家公務員の捜査費用で、彼らと対等に、ワリカン(もしくは、オゴられれば、次回オゴリ返す)で、付き合えるであろうか。

これらが、すべて「贈収賄」事件として立件されたのであるが、果してどんなものであろうか。

鈴木、高橋は、四月、五月、六月と、「密輸船が入ったから」として、神戸港、名古屋港、横浜港を、近藤所長らを引き回した。そして、取締官を船のタラップに待たせ、彼らが船内に

入って、麻薬の密輸を行い、また、取締官事務所の公用車に同車して、税関を通り抜けたのであった。(と、極道たちの警察調書には記録されている)

黒幕・政商たち p.174-175 死ぬことを期待した者は誰か

黒幕・政商たち p.174-175 鈴木は県警に逮捕され、県警の思う通りの調書を取らせ、十月には一般病院に移され、翌年四月に自殺して果てたのである。私がピンときたというのは、〝鈴木の謀殺〟ではないか、ということである。
黒幕・政商たち p.174-175 鈴木は県警に逮捕され、県警の思う通りの調書を取らせ、十月には一般病院に移され、翌年四月に自殺して果てたのである。私がピンときたというのは、〝鈴木の謀殺〟ではないか、ということである。

鈴木、高橋は、四月、五月、六月と、「密輸船が入ったから」として、神戸港、名古屋港、横浜港を、近藤所長らを引き回した。そして、取締官を船のタラップに待たせ、彼らが船内に

入って、麻薬の密輸を行い、また、取締官事務所の公用車に同車して、税関を通り抜けたのであった。(と、極道たちの警察調書には記録されている)

取締官たちは、次便で密輸させるため今回は発注するのだから、相手の中国人船員の面割りをする、という目的で同行していた。面割りしておけば、その船が次回入港したさい、その船員の尾行で、在日幹部が割り出せる、という狙いだ。これが、チサダネ号、ルイス号事件である。

二足のワラジ

事実、鈴木の動作は、事務所が検挙の実績をあげるたびに、密売人としても、威張り出していたようである。彼は、インフォーマーとして、仲間を売りながらも、〝商売〟は続けており、その儲けが取締官たちとの酒色費にもなっていたようである。

事務所の戦果と、鈴木の横行振りに注目した兵庫県警は、〝蛇の道は蛇〟で、即座に、取締官たちの行動が、シャクシ定規な法律の運用にふれることを判断したらしい。こうして、八月二日、鈴木は県警に逮捕され、県警の思う通りの調書を取らせ、十月には一般病院に移され、翌年四月に自殺して果てたのである。

鈴木の自供にもとづき、近藤所長以下は、刑事訴追をうけるハメに陥った。三人共、数カ月も放置されたあげく、同年暮に保釈となり、爾来、満七年の才月が流れたが、まだ、一審すら

終ってない。国家公務員の身分は、休職のままだ。

六年の才月は、裁判官の健康にも変化をもたらし、そのメンバーも、このほど入れかえになったので、審理は再び、やり直しも同様である。一体、何時になったら、神戸地裁の一審判決がでるのであろうか。

麻薬の恐ろしさを説く、菅原通済氏もまた、特別弁護人として、法廷に立って力説した。警視庁の初代麻薬課長であり、麻薬捜査のオーソリティである町田西新井署長もまた、「麻薬捜査はオトリと潜入以外ないというのは、アメリカはじめ世界の麻薬被害国の常識であり、麻薬取締法五八条の立法の精神もまた、オトリ捜査を認めているのだ」という。

すると、兵庫県警防犯課、真鍋主任の取った鈴木の調書の、オトリ捜査への非難は、一体どういうことであろうか。この調書で鈴木のいった「……他から、身体、生命的な圧迫、迫害といったことも、一応予想されるところです」の言葉の通り、鈴木はピストル〝自殺〟をとげたと、鋤本被告はいっている。

三人の元取締官被告は、唯一の証人である鈴木を失って、その証言に信ぴょう性がないことを、法廷で立証し難い状況に追いこまれている。本人は死んで、調書だけが残ったのである。調書と近藤上申書とは、互に相手に不信を投げつけあっているではないか。

私がピンときたというのは、〝鈴木の謀殺〟ではないか、ということである。鋤本被告のい

う通り、鈴木がピストル自殺であれば、問題である。

また、何故、鈴木が一般病院に出されたかという疑問である。鈴木がスパイとして仲間を売ったことを恐れていれば、調書でもいっているように、仲間の制裁は予想されるところだ。当時の病院の警備は? ピストルの入手先は? 射った手の硝煙反応は? 死体検案書は? ピストルの捜査は?——まだ、一つも裏付け調査にかかっていないので、疑問だけだが、鈴木が、死ぬことを、或は殺されることを、心中秘かに期待した者は誰だろうか?

松尾警部の心中行、麻薬課長の妻の脅迫の噂、そして、スパイと密売人の二足のワラジの男の死——これらの一連の問題は、確かにその背後は、麻薬の何かがあるのだ!