私は筆の荒れるのを警戒して、カストリの中でも、エロなどの変なものは書かなかった。また
あとに残るものをと心がけた。辻本次長は、また、「新聞記者ってのは、疑うことがまず第一だ」とも教えてくれた。この〝疑うこと〟とは、旺盛な取材欲のことだ。ニュートンがりんごの落ちるのをみて、〝疑った〟ような、素朴な疑問の意味だった。ドリス・デイの「新聞学教授」ならば、何故、何故、何故、という、執ような疑問のことである。
その成功の例がある。夕刊のない時代だったので、もう十一時ごろであったろうか、私はいつものコースで上野署へやってきた。
署の玄関を入りかけて、私はフト、〝何故〟と感じた。署の前には、いつもならば、アメリカ払下げの、汚らしい大型ジープが停っているはずなのに、その日は立派な乗用車が二台もいる。それもピカピカにみがかれ、運転手が待っている。
何だろう? 誰だろう? と感じて、前庭にもどってみると、両方とも自家用車で、しかもナンバーが続き番号だ。私は何気なく一台の車に近づくと、運転手に話しかけた。
「いい車ですね。これ何というの?」
「ハイ、ビュイックです。もう古いんですよ。三十八ですから…」
「ヘェ、こんな車にのるのは、余ッ程エライ人なんですネ」
「エエ、輸送課長サンです」
「輸送課って、国鉄の?」
「イエ、日銀です」
「あ、そうか。いい車だな」
私は素早く判断した。日銀関係の事件が上野管内で起きた。上野駅? 輸送課長と結びつく。すると、現送箱、列車ギャングに襲われたかナ?
「お早う」
何気なく次席警部に挨拶したが、あまり反応はない。あまりあわてないところをみると、列車ギャングではなさそうだ。署内の各係をずっと歩いてみると、経済係の部屋が人でいっぱいだ。
——またヤミ米か。
そう思って、ガラス戸をあけると、中は背広ばかり、みな同じバッジをつけている。カツギ屋など一人もいない。
——ア、経済係だった。
中から刑事が立ってきて、「今、調べ中なんだ。あとにしてくれよ」と、追い出しながら小声で「上野の駅警備!」とささやいてくれたのである。
私は身をひるがえして、署をとび出すと、公衆電話で社電した。「上野で、日銀関係の事件です。すぐ写真を下さい」
札束の誘惑
上野の駅警備詰所に行ってみると、ここですべてが判った。日銀の新潟支店から、回収した古
紙幣を本店に送る現送箱二百箱に、新潟の警察官と鉄道公安官が護衛につきそってきた。ところが途中で、貨車内にコボれている米粒に疑問を持ち、開けろ、開けて事故が起きたら責任問題だと押し問答してきた。