「貴下はソヴェト社会主義共和国連邦のために、役立ちたいと願いますか」
歯切れのよい日本語だが、直訳調だった。少佐だって、日本語を使えるのに、今日に限って、のっけからロシア語だ。しかも、このロシア語という奴は、ゆっくり区切って発音すると、非常に厳粛感がこもるものだ。平常ならば、国名だってエス・エス・エス・エルと略称でいうはずなのに、いまはサューズ・ソヴェーツキフ・ソチャリスチィチェスキフ・レスプープリクと、正式
に呼んだ。
私をにらむようにみつめている、二人の表情と声とは、ハイという以外の返事は要求していないのだ。そのことを本能的に感じとった私は、上ずったかすれ声で答えた。
「ハ、ハイ」
「本当ですか」
「ハイ」
「約束できますか」
「ハイ」
タッ、タッと、息もつかせずたたみこんでくるのだ、もはや、ハイ以外の答はない。私は興奮のあまり、つづけざまに三回ばかりも首を振って答えた。
「誓えますか」
「ハイ」
しつようにおしかぶさってきて、少しの隙も与えずに、ここまでもちこむと、少佐は一枚の白紙を取出した。
「よろしい、ではこれから、私のいう通りのことを紙に書きなさい」
——とうとう来るところまで来たんだ。
私は渡されたペンを持って、促すように少佐の顔をみながら、刻むような日本語でたずねた。
「日本語ですか、ロシア語ですか」
「パ・ヤポンスキー!」(日本語!)
はね返すようにいう少佐についで、能面のように、表情一つ動かさない少尉がいった。
「漢字とカタカナで書きなさい」
静かに、少尉の声が流れはじめた。
「チ、カ、イ」(誓)
「………」
「次に住所を書いて、名前を入れなさい」
「………」
「今日の日付、一九四七年二月八日……」
「私ハ、ソヴェト社会主義共和国連邦ノタメニ、命ゼラレタコトハ、何事デアッテモ、行ウコトヲ誓イマス。(この次にもう一行あったような記憶がある)
コノコトハ、絶対ニ誰ニモ話シマセン。日本内地ニ帰ッテカラモ、親兄弟ハモチロン、ドンナ親シイ人ニモ、話サナイコトヲ誓イマス。
モシ、誓ヲ破ッタラ、ソヴェト社会主義共和国連邦ノ法律ニヨッテ、処罰サレルコトヲ承知シマス」
不思議に、ペンを持ってからの私は、次第に冷静になってきた。チ、カ、イにはじまる一字一
句ごとに、サーッと潮がひいてゆくように興奮がさめてゆき、机上の拳銃まで静かに眺める余裕ができてきた。