鈴木、高橋は、四月、五月、六月と、「密輸船が入ったから」として、神戸港、名古屋港、横浜港を、近藤所長らを引き回した。そして、取締官を船のタラップに待たせ、彼らが船内に
入って、麻薬の密輸を行い、また、取締官事務所の公用車に同車して、税関を通り抜けたのであった。(と、極道たちの警察調書には記録されている)
取締官たちは、次便で密輸させるため今回は発注するのだから、相手の中国人船員の面割りをする、という目的で同行していた。面割りしておけば、その船が次回入港したさい、その船員の尾行で、在日幹部が割り出せる、という狙いだ。これが、チサダネ号、ルイス号事件である。
二足のワラジ
事実、鈴木の動作は、事務所が検挙の実績をあげるたびに、密売人としても、威張り出していたようである。彼は、インフォーマーとして、仲間を売りながらも、〝商売〟は続けており、その儲けが取締官たちとの酒色費にもなっていたようである。
事務所の戦果と、鈴木の横行振りに注目した兵庫県警は、〝蛇の道は蛇〟で、即座に、取締官たちの行動が、シャクシ定規な法律の運用にふれることを判断したらしい。こうして、八月二日、鈴木は県警に逮捕され、県警の思う通りの調書を取らせ、十月には一般病院に移され、翌年四月に自殺して果てたのである。
鈴木の自供にもとづき、近藤所長以下は、刑事訴追をうけるハメに陥った。三人共、数カ月も放置されたあげく、同年暮に保釈となり、爾来、満七年の才月が流れたが、まだ、一審すら
終ってない。国家公務員の身分は、休職のままだ。
六年の才月は、裁判官の健康にも変化をもたらし、そのメンバーも、このほど入れかえになったので、審理は再び、やり直しも同様である。一体、何時になったら、神戸地裁の一審判決がでるのであろうか。
麻薬の恐ろしさを説く、菅原通済氏もまた、特別弁護人として、法廷に立って力説した。警視庁の初代麻薬課長であり、麻薬捜査のオーソリティである町田西新井署長もまた、「麻薬捜査はオトリと潜入以外ないというのは、アメリカはじめ世界の麻薬被害国の常識であり、麻薬取締法五八条の立法の精神もまた、オトリ捜査を認めているのだ」という。
すると、兵庫県警防犯課、真鍋主任の取った鈴木の調書の、オトリ捜査への非難は、一体どういうことであろうか。この調書で鈴木のいった「……他から、身体、生命的な圧迫、迫害といったことも、一応予想されるところです」の言葉の通り、鈴木はピストル〝自殺〟をとげたと、鋤本被告はいっている。
三人の元取締官被告は、唯一の証人である鈴木を失って、その証言に信ぴょう性がないことを、法廷で立証し難い状況に追いこまれている。本人は死んで、調書だけが残ったのである。調書と近藤上申書とは、互に相手に不信を投げつけあっているではないか。
私がピンときたというのは、〝鈴木の謀殺〟ではないか、ということである。鋤本被告のい
う通り、鈴木がピストル自殺であれば、問題である。
また、何故、鈴木が一般病院に出されたかという疑問である。鈴木がスパイとして仲間を売ったことを恐れていれば、調書でもいっているように、仲間の制裁は予想されるところだ。当時の病院の警備は? ピストルの入手先は? 射った手の硝煙反応は? 死体検案書は? ピストルの捜査は?——まだ、一つも裏付け調査にかかっていないので、疑問だけだが、鈴木が、死ぬことを、或は殺されることを、心中秘かに期待した者は誰だろうか?
松尾警部の心中行、麻薬課長の妻の脅迫の噂、そして、スパイと密売人の二足のワラジの男の死——これらの一連の問題は、確かにその背後は、麻薬の何かがあるのだ!