日本人、流通機構の中の役割り
当時は、すでにポツダム勅令で、麻薬取締規則が公布されていたので、岩崎参事官以下の輸送隊の連中は、麻薬の密輸となって、罪が大変に重くなる。折角、国のために働らいて、麻薬密輸犯の汚名を着せられては、というので、頭山秀三らの運動が効を奏し、米軍の軍事裁判にかけられずに、日本側に身柄を引取り、単なる密輸事件として裁判を行い、一行は数カ月の服役ののち、仮釈放の形で出獄することができたのであった。——そして、時価八十億円という阿片は、米軍に没収されたまま、その消息を絶ったのであった。
時価八十億円の阿片塊! これが末端価格になると、八百億にも、八千億にもなるのであろうが、ここで注意しなければならないのは、麻薬は世界各国とも、取締られているため、ヤミ価格が高いのであって、医療用麻薬は決してそんなに高価ではないのだ。すると、満州帝国再興の資金といい、引揚同胞援護資金といっても、これは、麻薬中毒者を需要家としての、密売による収入ということである。
ヤミ市場であるから、需給には敏感である。大量に流せば時価は下落する。ひところ、李金水、李秀峰、王漢勝らの、〝在日麻薬王〟が相次いで検挙され、ヤミ麻薬が品薄になった当時、横浜の一部で街頭まで中毒者があふれ出したことがあった。もし米軍に押収されなかったなら
ば、この莫大な麻薬は、どのようなルートで、どこに流れ出たであろうか。まさか、日本国内で、日本人中毒者を対象として、密売されるわけではなかろうが、外国へ密輸出しても、それが逆輸入されて、日本と日本人とを蝕ばまないと、誰が保証できようか。
麻薬は、このように、国家の意思さえもシビれさせる〝魔薬〟である。武部総務長官、岩崎参事官、亀山厚生次官と、いずれも「官」の字がつく人々である。そして日本人である。満洲帝国と大日本帝国という、二つの国家の意思決定に対して、忠実に、その「国家意思」に従った人々であるが、この終戦秘話ともいうべき、満州国の阿片塊事件は、もう少し調べて、事実を究明しなければならない。関係者のうち、まだ何人かは現存しているハズである。
ポツ勅による麻薬取締規則にもとづいてアメリカの麻薬法を引写しに、麻薬取締法(旧法)が公布され、厚生省麻薬取締官という、新しい官制もしかれた。こうして、戦後の日本には、麻薬撲滅のための二重、三重の治安態勢が整ったハズであったが、事実は、果してどうであったろうか。
ある治安当局では、直接、麻薬事犯の検挙にはタッチしないが、戦後の麻薬事犯がすべて密輸入麻薬によるものであるため、関係者の名前とその系列とを、丹念にひろって、整理を進めていった。いわゆる文書情報である。最近の数字で、年間取引額は四十億円を上回り、中毒者は、常時二十万人を超えることも判明してきた。