——鍵をしめた!
外からは風の音さえ聞こえない。シーンと静まりかえったこの部屋。外部から絶対にうかがうことのできない、この密室で秘密警察員と相対しているのである。
——何が起ころうとしているのだ?
呼び出されるごとに、立会の男が変わっている。ある事柄を一貫して知り得るのは、限られた人びとだけで、他の者は一部だけしか知り得ない仕組みになっているらしい。
——何と徹底した秘密保持だろう!
スパイ誓約書に署名させられた実体験
鍵をしめた少佐は、静かに大股で歩いて、再び自席についた。何をいいだすのかと、私が固唾をのみながら、少佐に注目していると、彼はおもむろに机の引き出しをあけた。ジッと、少佐の眼に視線を合わせていた私は、「ゴトリ」という、鈍い音を聞いた。机の上に眼をうつしてみて、ハッとした。
——拳銃!
ブローニング型の拳銃が、銃口を私に向けて冷たく光っている。私の口はカラカラに乾き切って、つばきをのみこもうにも、ノドボトケが動かない。
少佐は、半ば上目使いに私を見つめながら、低いおごそかな声音のロシア語で口を開いた。一語一語、ゆっくりと区切りながらしゃべりおわると、少尉が通訳する。
「貴下はソビエト社会主義共和国連邦ために、役立ちたいと願いますか」
歯切れのよい日本語だが、直訳調だった。少佐だって、日本語を使えるのに、今日に限って、のっけからロシア語だ。しかも、このロシア語という奴は、ゆっくりと区切って発音すると、非常に厳格感がこもるものだ。平常ならば、国名だってエス・エス・エス・エルと略称でいうはずなのに、いまはソユーズ・ソヴェーツキフ・ソチャリスチィチェスキフ・レスプーブリクと、正式に呼んだ。
私をにらむようにして見つめている、二人の表情と声は、ハイという以外の返事は要求していないのだ。そのことを本能的に感じとった私は、上ずったかすれ声で答えた。
「ハ、ハイ」
「本当ですか」
「ハイ」
「約束できますか」
「ハイ」
タッ、タッと、息もつかせずたたみこんでくるのだ。もはや、ハイ以外の答えはない。私は興奮のあまり、つづけざまに三回ばかりも首を振って答えた。
「誓えますか」
「ハイ」
しつようにおしかぶさってきて、少しの隙も与えずに、ここまでもちこむと、少佐は一枚の白い紙
を取り出した。