正力代議士ついに引退す
さる四十四年三月三十日、日曜日の朝刊を、私は深い感慨をこめてみつめていた。
「正力代議士が不出馬を声明、次期衆院選」という、一段八行ほどのベタ記事が、読売の二面の一隅に、さり気なく、おかれていたからである。
前記の読売記事に対し、朝日は三十二行にわたり、本人談話までそえている。つまり、詳しく書いているので、それを引用する。
「正力代議士が政界引退表明。(高岡)富山県二区選出の自民党代議士正力松太郎氏(八三)—読売新聞社社主—の秘書土倉宗明氏は二十九日午後、高岡市内の旅館で記者会見し『正力代議士は、今期で政界を引退し、次の衆院選には出馬しないことを決意した』と発表した。
土倉氏の話によると、今月はじめ熱海で療養中の正力代議士から女婿の小林与三次読売新聞副社長に国会の解散が近いようだが、次期衆院選への出馬を断念し、これから手がけようとしてい
る大テレビ塔建設などの事業に専念したい。このことを地元の支持者に相談してほしいと連絡があり、九日に支持者代表を東京に招いて、自らその決意を伝えたという。地元では同代議士の政界引退は確定的と受取っている。
正力代議士の話。私は昭和三十年から十余年間、国会生活を送ってきたが、次期衆院選には立候補しないことを決意した。八十三歳だが、きわめて元気で、そのうちに自らの手で大テレビ塔などの事業を完成させることが、国家社会の発展に寄与することだと思う。郷土には人材が多く、後進に道をゆずることが最善だと考えている」
毎日紙もまた一段七行のベタ記事で、このような詳しい雰囲気は伝えていない。しかし(高岡)とクレジットのついた現地記事なのだから、「正力代議士の話」というのも、現地での発表談話とみられる。朝日紙にはその談話があり、読売紙にないのはオカシイと思って取材してみると、最後の部分「郷土には人材が多く、後進に道をゆずることが最善だと考えている」の部分に、その筋からクレームがついて、削除するようにとの指示が、読売には出されたことが判明した。
私が、〝感慨をこめて〟この記事をみつめていたというのは、その小さなできごと——削除の指示があったればこそなのであった。
常日ごろから、といっても、私が読売記者の肩書を離れて、新聞というものを客観的に眺め得
るようになってからだが、「新聞界の大偉人・正力松太郎」と、私は正力のことを畏敬の念をもって語る。その正力松太郎と、〝正力コンツェルン〟との苦悩が、一度発表した談話の一部分を再び削除するという、〝小さなでき事〟にまざまざと現れていると私は感ずるからである。