読売梁山泊の記者たち p.210-211 秘密を厳守させるという〝部長命令〟

読売梁山泊の記者たち p.210-211 「部長、今日は遊びにきたんじゃないよ。マジメな話、取引しようよ」「ナンだい? 大防犯部長に向かって、〝取引〟なんて、オダヤカならざる言葉だネ。警察は、ブンヤさんだけではなく、だれとも、取引はしないヨ」
読売梁山泊の記者たち p.210-211 「部長、今日は遊びにきたんじゃないよ。マジメな話、取引しようよ」「ナンだい? 大防犯部長に向かって、〝取引〟なんて、オダヤカならざる言葉だネ。警察は、ブンヤさんだけではなく、だれとも、取引はしないヨ」

「…で、どうするつもりだ?」

「キャップ(警視庁詰め主任)には、もちろん、報告を入れましたが、警視庁クラブ中心で動くと、他社に気付かれる恐れが、あると思います。デスクを決めて頂いて、本社の遊軍記者中心でやりたい、と思います。…これが、英文紙に載った広告です」

私は、東京イブニング・ニュース紙と、ジャパン・タイムズ紙の広告を出した。

「モンテカルロの夜! 楽しいゲーム、期待にみちた、ゲームの数々! 楽しく遊んで、しかも、意義ある目的につくせよ!」

この広告の元(もと)原稿を、両紙の内部で調べてみると、「外人のみ」とあったのだが、両紙とも、広告部がハラを立てていた。

「独立国ニッポンに対して、〝外人のみ〟とはナンだ! 失敬な原稿だ。訂正させろ!」

そのクレームで、「外人歓迎」と、訂正したことを知って、私は、当時の綱井防犯部長の部屋に行っ た。

人柄のいい綱井防犯部長だったので、私はヒマな時など、遊びに訪ねては、ダベったりしていたものだ。

「部長、今日は遊びにきたんじゃないよ。マジメな話、取引しようよ」

「ナンだい? 大防犯部長に向かって、〝取引〟なんて、オダヤカならざる言葉だネ。警察は、ブンヤさんだけではなく、だれとも、取引はしないヨ」

部長は、ニヤニヤと笑って、私の次の言葉を待っている。

「警視庁防犯部長として、まさに、〝大〟防犯部長として、歴史に残る仕事サ。それを、三田〝大〟記者が、まとめてきた。…だから絶対に、読売に独占させる、他社に洩れないよう、デカ(刑事)たちにも、秘密を厳守させるという〝部長命令〟を出してもらいたい」

「フーン。たいそうな前触れだナ」と、いいながらも、さすが、警察官である。柔和な眼の底が、キラリと光る。

「大部長と大記者の約束だよ。…イヤなら、オレ、帰るヨ」

「ヨシ、分かった。秘密の保持だナ。約束するよ」

現場の指揮を執る、隣室の上村保安課長が呼ばれた。廊下に出なくとも、部長室に入れるよう、内扉があった。

私は、いままで集めた資料と情報とを、部長と課長に示して、判断を求めた。バクチは保安課の所管であり、上村課長というのは、その道にかけては、大ベテラン。〝さすが〟という、情報を持っていた。

「宝石商を自称している、モーリス・リプトンが、さる十日に、再来日しているんです。そして、白光たちが、リプトンに投資を返してもらって、手を引いたあと、当局の監視が厳しく、この十七日限り、サロン・マンダリンは、閉鎖されることになっていたのです」

「ナルホド。その、最後の夜の十六日に、このパーティーをやる…」