いまでも、オフクロは、電車とバスを乗りついで、ひとりで私の家に、様子を見にくる。そし
ていう。
「情的研究は、もう卒業したんでしょうネ」
かたわらで、妻がニヤニヤして、その言葉を引き取る。
「イイエ、おばあちゃん。まだまだなんですよ」
志偉座とぱとら、という子供たちが、口をさしはさむ。
「オバァちゃん。ジョーテキ、ケンキュウって、なあに?」
妻は、八戸市のすぐそば、県境の岩手県軽米町の出身で、長姉が町長の夫人である。
むかし、子供たちを連れて帰省した時、役場の知人に頼んで、八戸市の「◯✕友枝」という戸籍を探してもらったそうだ。自分がまだ生まれたばかりの時の〝情事〟だから、現実感がないらしく、ヤキモチをやかない。
「もう、いいおばあさんだもんネ。あなたが、童貞を捧げた芸妓サンに会ってみたいワ。でもその人、発見できなかった……」
……八月十四日の夜。満州は新京郊外で、私たちの部隊は、有力なるソ連戦車集団の来襲を待って、タコツボに身を潜めていた。
——いよいよ、戦死だナ……。
私は、そう思って、「オレは死ぬ時に、天皇陛下万歳! と叫ぶだろうか?」と、考えたりした。
——ダリヤはどうしてるかナ?
若い生命を散らすのだから、男に生まれたからには、女のことを想って死んで行きたかったが適当な女性がいなかった。だから、ダリヤのことを考えてみたりしたが、ピンとこない。
——仕方がないや。オフクロで我慢するか……。お母さーん(なんだか、オミソみたいだ)。
夜が明けた。ついに、戦車のキャタピラのごう音は、聞こえてこなかった——。
舞鶴に上陸して、東京に着いたその足で、読売新聞に挨拶して、世田谷の家に帰った。
オフクロが、ひとりで家にいた。
「ただいま」
「お帰りなさい。元気で良かったネ」
読売社会部に復職してから、ついでの時に、丸山町に行って調べてみたが、ダリヤ姐さんの消息は聞けなかった。
あの当時の半玉のひとりが、新宿十二社で料亭をしているが、まだ、行ったことがない……。