瞼の父を恋うモスクワの混血兒
一 赤い恋のウシュカダラ 昭和二十九年十二月のある日。警視庁の四階中廊下に面した公安三課の事務室。
期待に燃えて、身体を乗り出さんばかりにしたAP通信記者を前にして、木幡計第一係長は、真剣な表情で考えこんでいた。
『 イヤ、これはやはり一応、課長に相談してみないことには……』
係長の机の上に視線を落してみよう。そこには英文の書類が数通、アメリカのAP通信本社から、東京支局に流してきたニュースの原稿である。記者はその記事の中に現れた一人の日本人、その名は「オグラ」という仮名で現わされてはいるが、充分実在の人物として推測し得るし、しかもその人の社会的地位が高いだけに、書かれた事実の有無を当局に確かめにきたのであった。
記者が真剣な表情で指さした個所には次のように書かれてあった。