最後の事件記者 p.294-295 もらって飲んで喰ってから書くンだ

最後の事件記者 p.294-295 「何だ。そんなウマイ話なら、オレも誘いにのって、あの車に乗るンだった。何しろ、相手が日銀じゃ、定めし酒池肉林。惜しいことをした」
最後の事件記者 p.294-295 「何だ。そんなウマイ話なら、オレも誘いにのって、あの車に乗るンだった。何しろ、相手が日銀じゃ、定めし酒池肉林。惜しいことをした」

札束の誘惑
上野の駅警備詰所に行ってみると、ここですべてが判った。日銀の新潟支店から、回収した古

紙幣を本店に送る現送箱二百箱に、新潟の警察官と鉄道公安官が護衛につきそってきた。ところが途中で、貨車内にコボれている米粒に疑問を持ち、開けろ、開けて事故が起きたら責任問題だと押し問答してきた。

ところが上野駅につくと、日銀側はサッサと本店に運びこんだので、駅警備の湯沢巡査が、そのトラックにのり、本店で開けさせてみたら、米二俵、木炭五俵、衣類などが出てきたというのだ。

かけつけてきたカメラマンに、米の写真をとらせていると、輸送課長がやってきた。

「これには、いろいろと事情もありますことですし、上司にも報告しませんと……。幸い車もありますことですから、席をかえてお話いたしたいと存じまして、一つ……」

要するに、モミ消しに料亭へでも連れて行こうというのだった。その夜、社へ上って聞くと、私の一報で、日銀本店に文書局長の談話を取りに行った記者は〝一見五万円程度〟の札束を出されたそうである。

「実際、あれをみた時は、クラクラッとしたよ。あの金がオレのポケットにあるとすると、今ごろは……」

「何だ。そんなウマイ話なら、オレも誘いにのって、あの車に乗るンだった。何しろ、相手が日銀じゃ、定めし酒池肉林。惜しいことをした」

ヘラズ口を叩いているのを、横で聞いた社会部長も乗り出してきた。

「バカヤロー。そんな時はもらって、飲んで、喰ってから書くンだ。アハハハ」

「部長、それじゃ〆切に間に合わないですよ。各社が書いたあとじゃ、札束も酒池肉林も、可能性ないですよ。ハハハハ」

結果として、夕刊がないため、各社も後追いはしたが、ウチが写真入りの、立派な、実質的スクープとなったのである。

戦争前のこと。蒲田の愛国婦人会がグライダーを献納するというので、六郷河原の式場に、先輩と一緒に出かけていった。来賓席に通されるや、若いイナセなお兄さんが、「御苦労さんです」といって、御車代と書いたノシ袋を出した。

どうしようかと思って、先輩を見ると、眼でもらっておけと合図する。裏を返してみると、金五円也と、なかなかの大金だった。ポケット

に納めはしたが、気になって式次第どころではない。

(写真キャプション 社会部記者ながら<風俗研究家>の芽が伸びて)