最後の事件記者 p.330-331 吉橋調査第一部長が私に忠告

最後の事件記者 p.330-331 同局が共産党の押収した文書の中に、「読売三田記者を合法的に抹殺せよ」という、極秘指令を発見したというのだ。「合法的ということは、事故を装ったコロシですよ」
最後の事件記者 p.330-331 同局が共産党の押収した文書の中に、「読売三田記者を合法的に抹殺せよ」という、極秘指令を発見したというのだ。「合法的ということは、事故を装ったコロシですよ」

意外な反響は、米軍側のものだった。東京駅前の郵船ビルのCICが、私と私の記事とを疑ったのである。「どうしてこの事実を知ったのか」「なぜ記事にしたのか——危険だと思わないのか」の二点に集中されて、私への疑惑を露骨に出した調べだった。
調べ官はハワイ生れの二世で、田中耕作という中尉だった。「私の父は百姓なので、コーサクとは、耕す作ると書くんです」というほど、日本人らしい二世だったが、調べは厳しかった。

「どういう目的で書いたか? こんなことをバクロすればソ側スパイに殺されると思わないか。生命が惜しくないのか? 怖くないのか」

これに対して私の答は簡単だ。

「書いたのは新聞記者の功名心からだ。生命も惜しくない。戦争と捕虜とで、二度も死んだはずの生命だ。新聞記者として仕事のために死ぬのは本望だ。自分の記事のために死ぬなんて、ステキだ」

「新聞記者の功名心だって? 生命の危険を冒した功名心? 信じられない、納得できない」

この中尉にどんなに説明しても、とうとう判ってもらえなかった。この事実を知っていることは記者自身が幻兵団、すなわちスパイ誓約者であるか、どこからか、資料の提供をうけたということ。秘密組織をバクロすることに伴う危険を、おそれず記事にしたということは、危険がないことを保証されている。ひっくり返すと、安全を保証されて、資料の提供をうけて記事にした。その意図は何かということだ。

すると、その答は、ソ連側と了解の上で、反ソ風に装ってアメリカ側に近づく目的で書いたに違いない、とみられたのであった。

だが、このCICの係官の疑問は、そのまま日本の治安当局に引継がれて、今だに「三田記者はソ連の秘密工作員だ」という、報告書が当局へ提出され、それがファイルされている。

ある当局の親しい係官に、その後ずっとたってから、またたずねてみた。

「最近、当局ではオレのことをどうみているンだネ。依然として、反動を偽装している〝赤の手先〟とみているンかネ」

「それについて、ワシの方には別にデータも出ていないようだが、しかし……」

この〝しかし〟がクセモノである。

「しかし、幻兵団の記事を書いた動機は、いまだにナゾですナ。危害を与えるに値しないと先方が判断したのか、危害を加えられないという保証があったのか、依然としてナゾだとみているンだ」

やはり、この生命の危険を冒した記者の功名心は、どこでも、誰にでも、判ってもらえないらしい。

判ってもらえないばかりではない。危険はツイ眼の前まできていたのだった。当時の法務府特審局(現公安調査庁)の吉橋調査第一部長が私に忠告してくれたのである。

同局がある共産党の細胞か何かを捜索した時に、押収した文書の中に、「読売三田記者を合法的に抹殺せよ」という、極秘指令を発見したというのだ。

「合法的ということは、事故を装ったコロシですよ。第一が交通事故、信号を無視したり、酔って道路を横断したりなさるナ。それから駅のプラットホーム。これは電車が進入してきた時に、突き落されるのです。酔ってたので、足がからんでブツかった、などと事故にされちゃうよ。それと、高い所もダメですよ」