「だけど、新聞記者は入れないんです。だから、ボクはあなたのお兄さんになります。記者だということは黙っていて下さい」
大きな果物カゴを買うと、お見舞という札と、目立つようなリボンを飾った。これが小道具である。それをもって、私は彼女と二人で、再び聖母病院に行った。しばらく離れたところでみて
いると、廊下の入口の巡査を囲んでワイワイやっていた記者たちが、一人減り二人減りして、毎日の某君一人になった。
「あのう、記者さんでいらっしゃいますか」
「ええ、そうですが……」
彼はやや得意然と答える。私にも経験があるのだが、事件の現場などで、こういわれると、何かやはりうれしくて、胸をそらせたくなるものだ。彼は私たち二人をみ、そして、見舞の果物カゴをみた。
「あのう、私たち兄妹は、Aさんの仲の良い友人なのですが、Aさんの容態は如何でしょう。助かりますでしょうか。何しろ、妹が心配してどうしても見舞にというものですから……」
「ああ、Aさんですか、大丈夫ですよ。生命には別条ありません。だけど、ウルサくて入れてくれませんよ」
これで大丈夫である。この会話を立番の巡査に聞かせたかったのだ。記者でさえないことを、第三者、しかも記者に立証させれば、もう充分だ。私たち二人は、また向うの椅子にもどって坐った。やがて、その一人の記者は、しきりに「入れろ」とネバっていたが、あきらめて食事に出ていった。
この機会を狙っていたのだ。私は彼女をうながすと、急いで巡査のもとへ行った。
「アノ、お願いです。元気な顔をみてくるだけですから、入れてやって下さい。この妹が、どう
してもって、いうもんですから」
巡査はうなずいて、通してくれた。病室の入口の巡査も、第一の関門を通ってきた女連れなので、容易に入れてくれた。私はワクワクである。
ドアをあけて、中に一歩入ったとたん、私は驚いた。病室の中にも一人の巡査がいるではないか! 女二人、男二人が、一室の中で左右に分れてねている。巡査は、その中央のツイタテの処で、フロの番台のように座っている。
彼女はAさんのニコヤカな表情に迎えられたが、私へは誰の顔からも反応がない。果物をAさんの枕許におくと、巡査に背を向けて内ポケットの写真をとり出した。
「この男ですか」
Aさんは似てると答えたが、隣のMさんは、サアと考えた。もう、バレても仕方がない。見舞を装って、男の側へ廻ると、二人の男の枕許で大ぴらに写真を見せた。二人とも似ていますよ、と答えた時、私は背後から巡査に抱きすくめられてしまった。
面通しの結果は、七十五%も似ている、だったが、このSはやがてシロくなった。私の面通しの結果で、ヴェテラン記者が、すぐその夜に山形へ会いに出張したほどだったが。
下山事件の時は、法医学会へ週刊読売の沢寿次編集長が、法医学者を装ってモグリこんだのだが、開会前に、学校名と氏名の点呼が行われて、ツマミ出されたということもあった。