「しかし、オバさん。その妙佼さまを拝むと、本当に救われるかい? オレのような奴でもかい?」
オバさんは確信にみちて言下に答えた。
「エエ救われますとも! 妙佼先生という尊い方がいらして、真心から拝めば、キット有難い御利益がありますよ。ただし、いい加減な気持じゃダメですよ」
「だけど、本当かなあ」
鈴木は呟くようにいって、グイと盃をあけた。そして、考えこむ。オバさんはあわれむように鈴木をみつめた。
「一体どうしたのさ、ワケを話してごらんよ。奥さんに逃げられたとかって、ウチにこうして呑みにきたのも、妙佼先生のお手配なんですよ。エ? ネエ、Tさん」
しかし、鈴木は耳に入らないかのように考えこむ。グイ、グイと盃をあけながら、「本当かなあ」「救われるかなあ」と、ひとり呟いている。ややあって、鈴木は思いきったように、顔をあげて、真剣にオバさんをみつめていった。
「オバさん。オレはやってみるよ。その有難い教えというのを、オレにも教えてくれよ。もう一度、一人前になりたいんだよ」
鈴木は声を落して、オバさんと連れの記者とに、彼の罪多い過去から、行き詰った現在までを語り出した。
遂に潜入に成功
こうして、鈴木勝五郎こと私の、佼成会へ入会のキッカケは作られた。成功したのであった。
オバさんはコロリだまされて、不幸な私のため涙まで浮べてくれたのである。
ウソも方便と、ホトケ様がいわれたそうだが、この佼成会の潜入で、計画的かつ継続的なウソの辛さ、苦しさをしみじみと味わわせられた。一時逃れの方便のためのウソとは違って、この人の良いオバさんの善意に対し、ウソをつきつづけるということは、今だに寝覚めの悪い感じだ。
オバさんを信じこませるため、途中でわざわざ便所に立った。オシリの破れをみせるためだ。すると、オバさんは「可哀想に」と呟いたという。効果的ではあったワケだ。
導いてくれる(入会紹介をしてくれる)と決れば、もう短兵急である。明朝の約束をして、それこそ明るい気持で店を出た。駅の近く、暗い横丁へ待たせてあった車にサッと飛びこんだ。
ところが、その衣裳のままで、社の旅館に入ったところが、顔見知りの政治部記者が、廊下の向うで私をみていた。その記者はあとで女中に向って、「どうしてアンナ汚いのを泊めるのだ」と怒ったという。女中たちと大笑いしたが、自信もついてきた。
翌朝早く、その呑み屋へ行って、オバさんを叩き起した。彼女は少女と一緒に、店の奥の一畳ほどのところに、センベイ布団でゴロ寝だ。モゾモゾと起き出してきて、新聞紙で粉炭を起す。洗面すると、佼成会発行の総戒名という、先祖代々の戒名に向い、タスキ、ジュズの正装で、お題目を二十回ばかり、朝のお勤めである。
それから朝食だが、これには驚いた。やっとおきた粉炭でお湯をわかし、丼に入れた洗わないウドン玉の上に、おソウザイ屋のテンプラをのせ、醤油をかける。それにお湯をそそいだ、即席
テンプラうどんだ。不潔な上にまずそうで、吐き気すら催しそうだ。