■□■ご無沙汰してました!■□■第55回■□■ 平成13年9月15日
「やあ、やあ!」肩と腰をかがめながら、顔の前に出した手刀を引っ込め、「どうも! どうも! どうも!」…何しろ半年以上も、原稿をサボったのだから、テレ隠しにはこのスタイルしかない。
だが、理由もあったのである。何しろ35年も続けた正論新聞の後半の15年ほどの事務所の撤収作戦があったのである。
そして2001年の2月にそれらが完了すると、なんとシャックリ病に襲われて、食欲がなくなり、見る見るやせこけて、戦後の平均体重67キロの私が、47キロに落ちてシワシワのジジイになり下がり、ついにはダウンして、入院、手術ということになってしまった。
丁度その頃、6月11日の誕生日がやってくるので、「80歳・禁煙」の挨拶状を用意した。気合を入れねばならないと、「正論アーカイヴス」の構想をまとめ、それも書いた。ところが、気合が入るどころか、いよいよダメになる。ベッドに横になりながら、私の80年の“自信に満ちた人生を回顧”してみたのだ。
少年時代はやや虚弱だったようだが、玉子をモリモリ食べて、小学校上級から中学にかけて、体格は頑健になり、スポーツ万能、柔道初段…軍隊もシベリアの捕虜も堂々突破して、病気知らず、寝込んだことなし。今のいままで「医者にみせる」という発想のなかった体力自慢がガラガラと崩れていって、前述の通り、入院、手術ということになったのであった。
1週間も点滴だけがつづき、8日目から重湯とダシ汁…そして、3分粥という初日が9月11日。あの恐るべき“戦争の日”であった。
56年前の人間同士の殺し合いの戦争が、20世紀の語り草となり、私も80歳でシベリアの慢性飢餓から、病院の3分粥という、“弱慢性飢餓”にショックを受けているところに、21世紀の“新しい戦争”をアピールするようなテレビ放映である。 平成13年9月15日