最後の事件記者 p.298-299 〝女医〟先生の愛人に出会ってしまった

最後の事件記者 p.298-299 その伯父さんが、二人の仲を無理に割いて、岩手医大に転学させたということを知っていたので、顔をみた瞬間、「ア、彼女だ」と、即座に気がついた。
最後の事件記者 p.298-299 その伯父さんが、二人の仲を無理に割いて、岩手医大に転学させたということを知っていたので、顔をみた瞬間、「ア、彼女だ」と、即座に気がついた。

女医事件後日譚
ところが、この事件には後日譚がある。その年の夏、新婚旅行もしなかった私たち夫婦は、父

の墓参もかねて盛岡へ旅行した。

そのある日、せまい盛岡の道路で、バッタリと、〝女医〟先生の愛人に出会ってしまったのである。私は、署に相談にきたその伯父さんが、二人の仲を無理に割いて、岩手医大に転学させたということを知っていたので、顔をみた瞬間、「ア、彼女だ」と、即座に気がついた。何しろ、彼女の先生への打込み方の凄いのを知っていた私は、こんなところで喰いつかれたら大変だと、足手まといの妻をつれていただけに、いささかあわてたものだった。

記事にする前に、すっかり取材を終えて、最後に先生にインタヴューにでかけた。デスクは心配して、先輩記者を一人つけてくれたのである。相手は医者だから、怒ったら硫酸ぐらいブッかけられるゾ、と、散々おどかされたので、医院の前にとめた車は、エンジンのかけっぱなし。

ドアもあけておいて、キャッといって逃げこんだら、即座にスタートしてくれと、運転手とも打合せて、いよいよ乗りこんだ。出てきたのが彼女である。

名刺を出して、面会を求めると、先生が出てきた。タバコをくわえ、「何御用?」と、気安く玄関に立って、パチッとライターをすった。

その瞬間、ヴェテランのカメラマンは、ほとんど同時にフラッシュを輝やかせた。私たちは、怒ったら飛び出そうとハッとして先生をみると、写真をうつされたのを気付いていないらしい。ライターの光とフラッシュとが完全にダブったのだ。

さて、いろいろ質問をはじめたところ、先生は「愛情の自由」を主張する。彼女も、側に座っ

て、うなずきながら相槌をうつ。

そして、この調子ならと、カメラマンがスピグラを構えたとみるや、彼女はサッと仁王立ちに先生の前に立ちはだかり、大喝一声。

「何をするのッ!」

その時の印象は、小柄な女性なのに、仁王立ちとか、大喝一声とかがピッタリするほどであった。

「アッ!」と叫んで、私たちが腰を浮かした時には、カメラマンは素ッ飛び出して、車でブブブッと逃げてしまった。

その彼女と、せまい道でバッタリだから、私があわてたのもムリはない。しかし、彼女はすぐには気付なかった。

いぶかしげに、スレ違ってからも、何度も何度も振り返り、ついには立止って考えこむ有様。逃げ出したら怪しまれて、追いかけられたら大変と、何も知らない妻をせかせながら、全神経を背後に配って、足早やに立去る時の気持ちは、夢の中で逃げ出すようなもどかしさであった。

何しろ、この事件以来、私はすっかり半陰陽のオーソリティになって、法医学に興味を抱きはじめたのだ。

何といっても、サツ廻りというのは、一国一城の主。これほど記者として面白い時代はないの

に、サツ種のスクープが各社とも少しも見当らないのが不思議でならない。これならば、サツ廻りなどやめてしまった方が、人の使い方としては効果的である。