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新宿慕情 p.082-083 ホテル・サンライトの品のいいマダム

新宿慕情 p.082-083 ママは、目に涙をあふれさせそうになりながら、黙って、コックリとうなずいた。どうも、このウラには〝女の戦い〟があるような感じだった。
新宿慕情 p.082-083 ママは、目に涙をあふれさせそうになりながら、黙って、コックリとうなずいた。どうも、このウラには〝女の戦い〟があるような感じだった。

中食には、味噌汁とお新香付きのサービスランチ。夜は、ママのフンイキとチーフの味とを求めるボトルの客。これが、かつ由の〝存在価値〟だったというのに!
通りで出会ったママに、私は忠告を試みた。
「マダーム・ラステンハイム。景気はどお?」
彼女は、それでも、愛くるしく笑った。
「先生がきて下さらないから、もう、クビをくくらなきゃ……」
「チーフはどうしたのサ?」
「郷里にひっこんだままよ」
「劉備が三顧のこよなき知遇……という言葉、知ってるかい」

「ナニ? それ」

「ヒコーキで飛んでいって、チーフを迎えに行っておいでよ。そして、ラステンハイムのマダムを気取らず、かつ由のオカミさんで、それに徹するのサ」

「……」

ママは、目に涙をあふれさせそうになりながら、黙って、コックリとうなずいた。

私のカンでは、どうも、このウラには、〝女の戦い〟があるような感じだった。

というのは、我が社のある大木ビルをはさんで、右手にかつ由があり、左手に、ホテル・サンライトがある。

このビジネスホテルは、四階建てながら、仲々の繁昌ぶりで、予約しなければ泊まれないほどである。

そして、一階には、レストランがある。このレストランの中の階段を上がれば、そこにはバーができるハズであったが、そのスペースを会議室にしていてこれまた、結構、満パイだ。

このレストラン。開業時にはかつ由で雇ったマネージャー氏が指揮していたのだが、あまり客の入りが良くなかった。

料理とて、特別に旨い、というほどではなく、第一、一流ホテル並みの気取りがハナにつくのだった。

だが、ある日、そのレストランが一変したのに気が付いた。例のマネージャー氏がいなくなり

ブッキラ棒だけど、親しみのある男が、働いていた。

それに、中食用に、味噌汁つきの和定食が登場した。朝も、九時半まで、朝食をやり始めたし、新宿の裏通りに相応しく、〝庶民的〟になったのである。

そればかりではなく、中年の落ち着いた魅力のある、品のいいマダムが、これまた、素敵な着こなしで、サービスに相勤めるのだった。

私は、いままでのレストラン経営者が、このマダムに売って代替わりした、と思っていた。気取りがなくなりながらも、このマダムの美しさが、ホテルのレストランとしての品位を、それなりに維持している。

そう。年齢(とし)のころでいえば、かつ由のママと同年配なのである。

「ネ、奥さん……」

私は、彼女を〈人妻〉とニラんで、こう話しかけた。

その反応を見るためだ。

「フンイキが変わったら、すごく流行りだしたじゃない?」

「ハイ、ありがとう、ございます。三田さま(サンではない)がお見えになって下さいますから、ですわ」

彼女は、微笑をたたえて、そう答えた。〈おとなの女の美しさ〉が、そこにあった。

私が、その後に〝取材〟したところでは、彼女は、「ホテルの副社長」であった。と同時に「社

長夫人」でもあった——。 つまり、レストランの営業不振に、直接、陣頭指揮に乗り出してきた、という次第だった。