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最後の事件記者 p.164-165 「洋裁のノオトならあるわ」

最後の事件記者 p.164-165 その「人生案内」は、「イヤらしい父」という見出しで、「お酒に酔った父が、フトンをまくったり、いやらしいことばかりするので、心配で夜もオチオチ寝られない」という訴えだった。
最後の事件記者 p.164-165 その「人生案内」は、「イヤらしい父」という見出しで、「お酒に酔った父が、フトンをまくったり、いやらしいことばかりするので、心配で夜もオチオチ寝られない」という訴えだった。

若いサツ廻りの記者は、この事件をゴミ原稿として電話で送ってきた。私は遊軍だったので、たまたまその電話をとった。内容は「働らきつかれた娘さん自殺」というものだった。母親に先

立たれた長女が、父と弟妹の面倒をみて、主婦代りになって家事をやっていたのだが、それにくたびれて自殺してしまったという。それこそ七、八行の短かい記事だった。

その原稿をとり終って、私はフト、「何だか読んだことのあるような記事だナ」と思った。

『オイ、どこかの新聞が、朝刊で書いてるのじゃないか。オレは何だか読んだことがあるようだゾ』

私はサツ廻りにいった。記者は、「とんでもない」と、自分がサボっていたようにいわれたのかと思って、目に見えそうな様子で抗議した。

『アハハハ、そう怒るなよ。出ていなければいいんだよ』

そういって、電話を切って、その原稿をデスクの辻本次長に渡した。すると、彼も読んだような気がするという。それから、二人で考え出してみると、一昨日の朝刊の「人生案内」欄の話が、これと全く同じようなケースだった、ということに気がついたのだった。

取り出して読み返してみると、いよいよ全く同じである。その「人生案内」は、「イヤらしい父」という見出しで、「お酒に酔った父が、フトンをまくったり、いやらしいことばかりするので、心配で夜もオチオチ寝られない」という訴えだった。

『ウン、これだ! 同一人物かどうか、すぐ調べてくれ。ただの自殺じゃないゾ』

私は、婦人部へ行って、人生案内の担当者から、その手紙をもらおうとすると、解答者の真杉静枝女史のもとだという。車を飛ばして、真杉女史宅へ行き、事情を話してその手紙を探してもらった。

そして、娘の家へ行ってみた。お通夜で近所の人たちが集っているが、もう、父親の酔どれ声がする。

『何しにきたンでえ。おめえたち、新聞やなんざあ、来てほしくねえんだ。帰ってくれ。とんでもねえ奴だ』

門前払いを喰わされたのだが、ハイそうですかと帰れない。板橋のいわば細民街、彼女の家もその例にもれない、古い傾いた貧しそうな家だった。私は妹を呼び出した。

「ネ、姉さんの書いたもの、手紙かノオトでもない?』

「洋裁のノオトならあるわ』

『そう、ちょっとみせてよ』

そのノオトを借りると、街灯の明りでみながら、文字の一番多いページを、そっと気付かれな

いように破り取った。

最後の事件記者 p.166-167 『もう、遅かったわ』

最後の事件記者 p.166-167 父がお酒をのんだ時の、あの眼をみると恐しくて、このままでいけば、自殺するより仕方のない私に、希望のもてる生き方を教えて下さい
最後の事件記者 p.166-167 父がお酒をのんだ時の、あの眼をみると恐しくて、このままでいけば、自殺するより仕方のない私に、希望のもてる生き方を教えて下さい

そのノオトを借りると、街灯の明りでみながら、文字の一番多いページを、そっと気付かれな

いように破り取った。

明るいところに出て、手紙と比べてみると、文字のクセはまぎれもなく、同一人物ではないか。私は躍りあがってよろこんだが、さて、もっと具体的な事実が必要だ。父親があんな有様では、傍証を固めなくてはならないのだった。

自殺した娘の日記

私がふたたび真杉女史のもとを訪れると、意外な人物がきていた。自殺した娘の叔父である。彼は、娘の日記と、人生案内の記事とを持ってきていたのである。

「八人兄妹の次女で二十歳の娘。二年前に母と死別、兄と姉は家出して行方不明。私は勤めもやめて、五人の弟妹の面倒をみてきたのですが、食べてゆくのがやっとです。父は給料の半分以上もお酒に使い、私がいくらお金がないといっても、きいてくれません。最近では、父は酔うと、私にイヤらしいことをいったり、夜中にフトンをめくったりします。あまりのことに夜もねむられず、父がお酒をのんだ時の、あの眼をみると恐しくて、このままでいけば、自殺するより仕方のない私に、希望のもてる生き方を教えて下さい」

「お手紙を読んで、私も泣きました。廿歳の娘さんであるあなたは、そんなお父さんの変質の犠牲になるわけにはゆきません。紙上解答が原則ですが、特にあなたには相談にのってあげますから、お手紙を下さい」

そんなような問答だった。だが、この投書は下積みになっていて、女史が見たのはつい最近のことで、あわてて解答を掲載したのだったが、すでに遅かった。彼女は、その新聞を持って、叔父のもとにやってきた。

『もう、遅かったわ』

彼女はそういって、その新聞を叔父にみせた。その時、手の中でオモチャにしているものがあるので、見るとネコイラズだった。あわてる叔父に、「大丈夫よ」と笑うので、「明日は工場を早退して、相談に乗ってやるから」といわれたので、彼女は帰っていった。

翌日の夕方、叔父が彼女の家にいってみると、昨夜服毒したらしく、苦しがってのたうち廻っている彼女の姿があったのだ。

『そんなことを書かれたら、父親は自殺してしまいます。酒をのむと人が変ってしまうのですが、シラフの時は気の小さい男なのですから、死ぬことは間違いありません。どうか、書かない

でやって下さい』

父親の弟というその男は懸命になって頼むのだったが、私は黙っていた。真杉女史も答えない。