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赤い広場ー霞ヶ関 p.206-207 鳩山首相がフリーメーソンで特進

赤い広場ー霞ヶ関 p.206-207 This Masonic story did not seem so important at the time, but it appeared before me when the negotiations between Japan and the Soviet Union started.
赤い広場ー霞ヶ関 p.206-207 This Masonic story did not seem so important at the time, but it appeared before me when the negotiations between Japan and the Soviet Union started.

私は立ちすくんだまま、彼女の差出した別れの握手に応えていた。

『それから、Q氏のことはもう不用です。御手数をかけました。……では、サヨウナラ』

こうして、彼女は去っていった。妖しいナゾに包まれた出現であり、凍るような威圧を示した別離であった。僅か二、三週間、私はそれ以後、彼女に逢っていない。

このフリー・メーソンの物語は、当時はそれほど重要なこととも思えなかったが、日ソ交渉が始まってみて、ハタと思い当らせられることとなって、私の前に現れてきたのであった。

三十年三月二十六日の各紙夕刊は、鳩山首相がフリー・メーソンで二階級特進したことを、写真入りで報じている。一番詳しい産経の記事を引用しよう。

二十六日あさ東京音羽の鳩山首相邸に、ハル国連軍司令官、オシアス元比国上院議長、小松隆日米協会長、ヒメネズ、ヴェネズエラ公使など、内外の知名人が紫、緑など色とりどりの肩掛けや、前掛けをつけて風変りな儀式が行われた。

これは世界に六百万人の会員をようする友愛団体フリー・メーソンから、クリスチャンであり、同会の日本支部会員である鳩山さんに、二階級特進のマスター・メーソンの称号を贈ったもの。

この日のため、わざわざオシアス元上院議長ら、五人の比国支部役員が来日、白い羊皮の前掛けをしめて、鳩山さんもいささか照れくさそうだったが、早くも同邸にはトルーマン前大統領ら、世界の有名人からひっきりなしに祝電が舞いこんでいた。

そして、またもう一つは、フィリピン付近に現れた「博愛王国」のニュースである。これについては、週刊朝日七月三日号が詳しく伝えているので、それを引用する。

「ヒューマニティ王国」というのが、フィリッピンのパラワン島沖に出現して、夏の話題をにぎわしている。ほんとにあるのだろうか、それともウソなのだろうか。

一通の奇妙な手紙が、とびこんだところから、この話は始まる。「日本帝国市民ジョージ・笠井重治氏を、ヒューマニティ王国連邦の、日本駐在総領事に任命する。この地位は、国際的に領事が持つと同様の特権を、日本に対して持つものである。

一九五五年五月二十七日

ヒューマニティ王国連邦国王 ウィリス・アルヴァ・ライアント

同国外務長官 ヴィクター・L・アンダーソン

発信地はフィリピンの首府マニラ郵便局の私書函、この手紙に丸い金色のシールがはりつけられている。シールのふちにはグルリと、こんな文章を刻んであるのが読みとれる。

East is west and west is east and I am the twain that will make it so.

(東は西、西は東、われこそはそれを結ばんとする二なるもの)

文学にくわしい人なら、この文章が、英国の詩人キップリングの有名なことばを、うらがえしたものだと気付くだろう。

East is east, and west is west, and never the twain shall meet.

(東は東、西は西、二つはついに相見ゆることあらじ)

赤い広場ー霞ヶ関 p.208-209 鳩山、オシアス、笠井、シャタック

赤い広場ー霞ヶ関 p.208-209 Osias, who had promoted Hatoyama to the Masonic third class, asked Juji Kasai to become the Consul General. He also asked Kasai's acquaintance, Al Shattuck to become a consul. Everyone is a freemason.
赤い広場ー霞ヶ関 p.208-209 Osias, who had promoted Hatoyama to the Masonic third class, asked Juji Kasai to become the Consul General. He also asked Kasai’s acquaintance, Al Shattuck to become a consul. Everyone is a freemason.

East is west and west is east and I am the twain that will make it so.

(東は西、西は東、われこそはそれを結ばんとする二なるもの)

文学にくわしい人なら、この文章が、英国の詩人キップリングの有名なことばを、うらがえしたものだと気付くだろう。

East is east, and west is west, and never the twain shall meet.

(東は東、西は西、二つはついに相見ゆることあらじ)

この手紙の受取り人、笠井重治氏は、戦前山梨県選出の代議士で、戦後は当選一回、落選三回、現在は民主党に属し、フィリピン友の会理事である。

笠井氏は今年四月、オシアス氏が来日したとき、フィリピンのパラワン群島の西方、南支那海の小島に、Kingdom of Humanity(ヒューマニティ王国)と名乗る国があり、日本との国交を望んでいる。君、一つ領事になってくれないかといわれた。オシアス氏だけに、私も引き受けることにした。

オシアス氏が、今年四月に来日したのは、オシアス氏が所属するフリーメーソンの第三階級を、鳩山首相に授けるためだった。

フリーメーソンとは、国際的な半宗教団体で、日本でも戦後に支部が結成され、前参院議長佐藤尚

武、元王族李垠、日米協会長小松隆氏、それに笠井氏など約五十人がメンバーとなっている。オシアス氏は、フリーメーソンの中での最高位である三十三階級を持ち、笠井氏はこれに次ぐ三十二階級だという。オシアス氏は、日本へ来る前に、すでに「ヒューマニティ王国」の、フィリピン駐在名誉公使を引受けており、フリーメーソンの関係で親しかった笠井氏に総領事を、同じく笠井氏の知人で、保険業を営んでいる米人アル・シャタック氏に領事を依頼した。

そしてもう一つは、六月十四日午後、大挙羽田へ降り立ったMRA(道徳再武装運動)国際使

節団の一行である。一行はアメリカのミシガン州で行われた、MRA世界大会に出席したあと、アジヤ、中近東諸国を親善訪問のため来日したもので、風刺劇〝消えゆく島〟を東京で三日間、大阪で二日間公演したのち、二十二日台湾へ向った。

これについて、六月十七日付朝日の「素描」欄は、次の通り述べている。

MRAの一行二十数ヶ国民百八十名がやってきて、〝大デモ〟をやっている。デモ祭典の中心は「消えゆく島」上演で、これは東の勤労者独才国と、西の民主国のいがみ合いから融和への、政情風刺のコミック・オペレッタだが、なかなかよくできている。

目先が変っているので、見ていてつりこまれる。そこが〝目的〟でもあろうが、これまでの宗教にも、政治にもないデモの様式である。最も国際的で近代的に大衆に訴える力がひそんでいる。

東京公演がすむと、大阪、そして中近東までいくという。それにしても、入場無料で上演しまくる。

このメムバーの資金やヒマは、どこから出るのだろう。貧乏な日本人にはちょっと気になる。

このような現象をどう眺めるか。その一つ一つをみれば、いずれもまっとうな話で、少しも不思議ではない。しかし、私はこれらの現象を、シネラマ風に眺めてみたい。

第一に「博愛王国」の話である。笠井氏の総領事と同時に、その知人の保険代理業R・シャタック氏が領事に任命されたという。

R・シャタック氏について語ろう。氏は冒頭に述べた仮名のQ氏その人である。氏については、二十九年九月十五日付読売の記事を引用しよう。