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シベリヤ印象記(8) 冷たく光る銃口

シベリヤ印象記(8)『冷たく光る銃口』 平成12年(2000)8月12日 画像は三田和夫24歳(前列右から2人目 205大隊第5中隊・考城県考城1945.07)
シベリヤ印象記(8)『冷たく光る銃口』 平成12年(2000)8月12日 画像は三田和夫24歳(前列右から2人目 205大隊第5中隊・考城県考城1945.07)
シベリヤ印象記(8)『冷たく光る銃口』 平成12年(2000)8月12日 画像は三田和夫24歳(前列右から2人目 205大隊第5中隊・考城県考城1945.07)
シベリヤ印象記(8)『冷たく光る銃口』 平成12年(2000)8月12日 画像は三田和夫24歳(前列右から2人目 205大隊第5中隊・考城県考城1945.07)

シベリヤ印象記(8)『冷たく光る銃口』 平成12年8月12日

正面中央に大きなデスクをすえて、キチンと軍服を着たペトロフ少佐が坐っていた。かたわらには、見たことのない、若いやせた少尉が一人。その前の机上には、少佐と同じ明るいブルーの軍帽がおいてある。天井の張った厳しいこの正帽でも、ブルーの帽子はエヌカーだけがかぶれるものだ。

密閉された部屋の空気は、ピーンと緊張していて、わざわざ机上にキチンとおいてある帽子の眼にしみるような鮮やかな色までが、生殺与奪の権を握られている一人の捕虜を威圧するには、十分過ぎるほどの効果をあげていた。

「サジース」(坐れ)

少佐はカン骨の張った大きな顔を、わずかに動かして、向かい側の椅子を示した。

——何か大変なことがはじまる!

私のカンは当たっていた。ドアのところに立ったまま、自分自身に「落ちつけ、落ちつけ」といいきかすため、私はゆっくりと室内を見廻した。

八坪ほどの部屋である。正面にはスターリンの大きな肖像画が飾られ、少佐の背後には本箱。右隅には黒いテーブルがあって、沢山の新聞や本がつみ重ねられていた。ひろげられた一抱えの新聞の、「ワストーチノ・プラウダ」(プラウダ紙極東板)とかかれたロシア文字が、凄く印象的だった。

歩哨が敬礼して出ていった。窓には深々とカーテンが垂れている。

私が静かに席につくと、少佐は立ち上がってドアのほうへ進んだ。扉をあけて、外に人のいないのを確かめてから、ふりむいた少佐は後手にドアをとじた。「カチリ」という、鋭い金属音を聞いて、私の身体はブルブルと震えた。

——鍵をしめた!

外からは風の音さえ聞こえない。シーンと静まり返ったこの部屋。外部から絶対にうかがうことのできないこの部屋で二人の秘密警察員と相対しているのである。

——何が起ころうとしているのだ?

呼び出されるごとに、立会いの男が変わっている。ある事柄を一貫して知り得るのは、限られた人々だけで、他の者は一部だけしか知り得ない組織になっているらしい。

——何と徹底した秘密保持だろう!

鍵をしめた少佐は、静かに大股で歩いて、再び自席についた。何をいいだすのかと、私が固唾をのみながら、少佐に注目していると、彼はおもむろに机の引出しをあけた。ずっと、少佐の眼に視線を合わせていた私は、「ゴトリ」という、鈍い音を聞いて、机の上に眼をうつしてみて、ハッとした。

——拳銃!

ブローニング型の拳銃が、銃口を私に向けて冷たく光っている。私の口はカラカラに乾き切って、つばきをのみこもうにも、ノドボトケが動かない。(つづく) 平成12年8月12日

旧軍の建制 「北支派遣・第十二軍・第百十七師団・第八十七旅団・独立歩兵第二百五大隊」 三田和夫の三田小隊は「島崎隊」に属していた
旧軍の建制 「北支派遣・第十二軍・第百十七師団・第八十七旅団・独立歩兵第二百五大隊」 三田和夫の三田小隊は「島崎隊」に属していた

最後の事件記者 p.122-123 二人の秘密警察員と相対する

最後の事件記者 p.122-123 『サジース』(坐れ) 少佐はカン骨の張った大きな顔を、わずかに動かして、向い側の椅子を示した。――何か大変なことがはじまる!
最後の事件記者 p.122-123 『サジース』(坐れ) 少佐はカン骨の張った大きな顔を、わずかに動かして、向い側の椅子を示した。――何か大変なことがはじまる!

ソ連側からやかましく敬礼の励行を要望されてはいたが、その時の私は、そんなこととは関係なく、左手は真直ぐのびて、ズボンの縫目にふれていたし、勢よく引きつけられた靴のカカトが、カッと鳴ったほどの、厳格な敬礼になっていた。

冷たく光る銃口

正面中央に大きなデスクをすえて、キチンと軍服を着たペトロフ少佐が坐っていた。かたわらには、みたことのない、若いやせた少尉が一人。その前の机上には、少佐と同じ明るいブルーの軍帽がおいてある。天井の張った厳めしいこの正帽でも、ブルーの帽子はエヌカーだけがかぶれるものだ。

密閉された部屋の空気は、ピーンと緊張していて、わざわざ机上にキチンとおいてある帽子の、眼にしみるような鮮やかな色までが、生殺与奪の権を握られている一人の捕虜を威圧するには、十分すぎるほどの効果をあげていた。

『サジース』(坐れ)

少佐はカン骨の張った大きな顔を、わずかに動かして、向い側の椅子を示した。

――何か大変なことがはじまる!

私のカンは当っていた。ドアのところに立ったまま、自分自身に「落ちつけ、落ちつけ」といいきかすため、私はゆっくりと室内を見廻した。

八坪ほどの部屋である。正面にはスターリンの大きな肖像画が飾られ、少佐の背後には本箱。右隅には黒いテーブルがあって、沢山の新聞や本がつみ重ねられていた。ひろげられた一抱えの新聞の、「ワストーチノ・プラウダ」(プラウダ紙極東版)とかかれたロシア文字が、凄く印象的だった。

歩哨が敬礼して出ていった。窓には深々とカーテンが垂れている。

私が静かに席につくと、少佐は立上ってドアの方へ進んだ。扉をあけて、外に人のいないのを確かめてから、ふりむいた少佐は後手にドアをとじた。「カチリ」という、鋭い金属音を聞いて、私の身体はブルブルッと震えた。

――鍵をしめた!

外からは風の音さえ聞えない。シーンと静まり返ったこの部屋。外部から絶対にうかがうことのできないこの密室で、私は二人の秘密警察員と相対しているのである。