「ネ、私たちのレコード、買って頂けないかしら?」
色白でホクロが点在する顔は丸く、頭髪は七分刈りだろう。そこに、キュッと、豆絞りの鉢巻きをしめて、ダボシャツ風の半天の襟だけを、同じ豆絞りの柄にして、アクセントを出している
彼の姿は、いかにも、鮨屋の板場らしく、イナセでさえある。
それが、なんと、シナさえ作って、そういうのである。
「ナニ? アタシたちのレコードって、どんな…?」
イナセとシナとが同居するのだから、奇妙である。
一枚三千五百円という、LPレコードを出されて、そのジャケットを見た時、私は、やっと納得がいった。
寺山修司作・演出……と、そう書かれたそのレコードは、例の〈バラ族〉のものだったのだ。
だが、〝醜怪〟としか、いいようのない女装の連中が、新宿御苑あたりに勢揃いして写したカラー写真が、そこには印刷されていた。
そのひとりひとりを、仔細に眺めてゆくと、たったひとり、男装(?)の麗人がいた。
それが、ヤッちゃんだった。しかも、店での例のユニフォームで、口をへの字に曲げ、眼ン玉をヒンむいて見せているではないか!
この松喜鮨は、〈年中無休・二十四時間営業〉が売り物である。だから、深夜が書き入れ時で、ホステスたちや、ホステス連れの酔客たちが、〝顧客〟ということになる。
ヤッちゃんは、この深夜勤務を担当している。そして、オーナーでもあるだけに、営業政策には、ことさらに気を配っていて、決して飽きさせないし、一度きた客を、また、こさせるように研究している。
山形県酒田市の出身。地元である程度の修行をしたのちに、上京してきたようだ。だから色白で、オンナ言葉を使うと、それらしい〝妖しい色気〟がかもし出されてくる。
唄がうまいし、美声である。そして、単なるスシ職人ではなくて、それこそ、本紙のトロッコなど、足許にも寄れないほどの〝教養〟の持ち主だ。
選挙の季節には、政治家の話もできるし、芸能界の事情にも通じ、どんな話題にも、即座に対応できるだけに、新聞も週刊誌も、良く読んでいる。その上多趣味である。
第一、スシ屋で、マイクが天井からブラ下がり、スポットライトに、テープその他の音響設備が完備している、という店はあまりあるまい。
唄の次は写真撮影
彼が、唄がうまいため、だけではない。電気知識がある、というべきだろう。
「只今より、オルケスタ・ティピカ・マツキの演奏が始まります」
当店を〝主要営業所〟とするアコーディオン弾きの石井クンが入ってくる。ガラス戸が開く前に、彼は、そう紹介する。当意即妙なセリフが飛び出す。頭の回転が早い、のである。
自分が唄い、客に唱わせる。民謡、演歌、歌謡曲と、レパートリイが広い。
「さあ、喰べましょう、喰べましょう!」
自分が唄い終わって、客にマイクを渡すと、コマーシャルを流す——そこには、ケレン味がな
いのだから、それがまた、客に受ける。