この早春のある朝、私は辻政信元大佐を訪れた。仮寓へいってみると、入口には、「警察官と新聞記者、入るべからず」と、墨書した木札が出ている。これにはハタと困って、しばらくその門前で考えこんでしまった。
だが、そのまま引返すほどなら、記者はつとまらない。私は門をあけ、玄関に立った。日本風の玄関はあけ放たれて、キレイに掃除してある。「御免下さい」と案内を乞うと、すぐ次の間で
声がした。
『誰方?』
『読売の社会部の者ですが…』
『ワシは新聞記者はキライだ。会いたくないから、チャンと門に書いておいたはずだ』
声はすれども、姿は見えずだ。辻参謀はチャンとそこにいるのだが、一向に現れない。
『しかし、御意見を伺いたいのです。ことに、日本独立後の再軍備問題なので、是非とも、おめにかかって、親しく、御意見を伺わねばなりません。再軍備問題は、するにせよ、しないにせよ、新聞としては当然、真剣に、読者とともに考えるべきものです。』
『よろしい、趣旨は判った。しかし、ワシは新聞記者がキライで、会わないと決心をしたのだから、会うワケにはいかん。』
『いや、会って下さい。私も一人前の記者ですから、それだけの理由で、敵陣に乗りこみながら、ミスミス帰るワケに行きません。それでは、出てこられるまで、ここで待っています』
私も突ッぱった。向うも、こちらも大声である。畜生メ、誰が帰るものか、と、坐りこむ覚悟を決めた。
『ナニ? どうしても会う気か』
『会って下さるまで待ちます』
『ヨシ、どんなことでもするか』
『ハイ』
『では、毎朝七時にここへ来い。君がそれほどまでしても会うというなら、会おう。毎朝七時、一カ月間だ』
『判りました。それをやったら、会ってくれますね』
そう返事はしたものの、私はユーウツであった。朝早いのには、私は弱いのである。毎朝七時に、この荻窪までやってくるのは、大変な努力がいる。しかし、読売の記者は意気地のない奴、と笑われるのもシャクだ。
——このガンコ爺メ!
舌打ちしたいような気持だったが、猛然と敵慨心がわいてきて、どうしても会ってやるぞ、と決心した。仕方がないから、社の旅館に泊りこんで、毎朝六時に起き、自動車を呼んで通ってやろうと考えた。