私はその時、この婦人記者を、一つダマせるところまでダマしてみよう、というイタズラ心が起った。芝居はお手のものである。
『ダメですよ。近ごろは、面白いことなんぜありませんネ』
『でも、上野は少年関係では、地下道もあるし、何かあるンでしょう』
『イヤーね』
私は何だ彼だと雑談しながら、婦人新聞のことや、婦人記者のことを質問していた。こちらが取材していたのである。やがて、五時すぎたころ、隣室の婦警さんが、帰り仕度をして、私に「お先します」と挨拶をして通っていった。私は一言も、私は警察官で少年主任だなどとはいわない。ただ、読売の記者であることもいわなかった。私は心理作戦をたのしんでいたのであった。
やがて、フト腕時計をみて、「部長の奴、おそいナ」と呟いてから、声をひそめて、彼女に話しかけた。
『実はネ、あることはあるんですが……。あんたも、折角きたのだから、連れてってあげるかな?』
『エエ、ぜひお願いします。一体、何なんですか』
彼女はのり出してきた。
懸命な表情だ。
『あのね。(もっと声をひそめて)ある有名なデパートの女店員ばかりで組織した、売春グループを挙げるんです。それで、部長刑事のくるのを待っているんですよ』
『まあ、やっぱり本当なんですね、ぜひ、ぜひ連れてって下さい。恩に被ます』
『…ウーン…。仕方がない。じゃ、(時計をみて)六時半に、もう一度ここにきて下さい。時間を正確にネ、でないと、置いてきぼりですよ』
『すみません。決して邪魔はしませんから、あの、写真は撮ってもいいですか』
『マ、いいでしょう』
『じゃ、私、すぐ社に連絡してきます』
彼女は、この意外な大特ダネに、よろこび勇んで部屋を飛び出した。社へ連絡して、カメラマンを呼んでから、これがウソだと判ったら、それこそ自殺されるか、硫酸をかけられるかである。女はコワイものだから。私はもう階段の下までいってしまった彼女を、大声で呼び止めた。
『まだ、名前を申しあげてませんでしたが、私はこういう者です』
彼女は好意にみちたまなざしで、私の名刺に手を出した。が、次の瞬間、彼女はガバと机にう つぶしてしまった。