最後の事件記者 p.094-095 七十八万円を貯金していた

最後の事件記者 p.094-095 私と朝日の矢田喜美雄記者とが、M紙の記者を怒った。そして、とうとう矢田記者が彼女を自宅に引取った。矢田夫人も新聞記者だったから、こんなことができるのだが…
最後の事件記者 p.094-095 私と朝日の矢田喜美雄記者とが、M紙の記者を怒った。そして、とうとう矢田記者が彼女を自宅に引取った。矢田夫人も新聞記者だったから、こんなことができるのだが…

Mという、決して美人でない変り者のパン助がいた。彼女は、客を引きながらも、決してムダ

に立っていない。仲間のパン助相手に、オムスビやオスシを売る行商をする。そして、七十八万円を貯金していた。

M紙の記者が、そのことをゴシップ欄で書いたものだから、サア大変。彼女はしばしば襲われるようになった。身体につけてもっていると思うのか、営業中にまでグレン隊が飛びかかるのだ。

私と朝日の矢田喜美雄記者とが、人権問題だといって、M紙の記者を怒った。そして、相談したあげく、更生できるのならば、一石二鳥というので、とうとう矢田記者が彼女を自宅に引取ったのである。

矢田夫人も新聞記者だったから、こんなことができるのだが、普通の家庭ならば大変である。彼女は神妙に国立の奥にある矢田家に暮していたが、やがて一月もたとうというころ、お礼の書置を残して失踪した。再び上野に現れた彼女は、それから間もなく、北海道の商人で、定期的に上京する男の、東京ワイフに納ってしまった。

どうして彼女は、矢田家をとび出したのだろうか。私たちは矢田記者に聞いてみた。

『つまり、麻薬の禁断状態と同じらしいね。はじめの間は、遠慮して我慢していたのだが、やは

りやり切れなくなったらしい』

オカマの和ちゃん。彼女などはオカマといいながら、大変な美人であった。ある日、読売の婦人記者がオカマをみたいというので、上野を案内したことがある。途中で、和ちゃんに出会ったので、一緒に連れて、明るいレストランで三人でお茶を飲んだ。外に出て別れてから、婦人記者に「あれが、女形あがり、女形くずれじゃないよ。和ちゃんて子だ」彼女はエッと叫んで、信じ切れなかったらしい。

上野駅で、後から「隊長ドノ!」と呼ぶものがある。振り返ってみると、シベリアで一緒に苦労した旧部下の一人だ。聞いてみると、女とバクチで身を持ちくずし、高橋ドヤに転がり込んで、上野駅でショバ屋をやっているという。これもヒロポンだ。

『カタギになりたい』という彼の希望に、私は家へ連れてきた。といっても六帖の下宿住い だ。一晩泊めてから、都の民生局へ交渉して、引揚者寮へ入れてやった。やはり、軍隊友逹の佃煮屋さんに頼んで、その魚市場の売店の売り子にしてもらったが、彼も一月ほどで失踪してしま った。

カキ屋という、上野ならではの商売。ジドク屋である。ノゾキをしている男の補助をしてやる

のだ。視神経と運動神経を同時に使うと熱中できないから、運動部門を担当する。