川口は出張先から呼び戻されて、主任検事になる。まずは、キャップである私が、川口に被疑者調書を取られた。
「川口さん。この告訴されている『検事某』ですがね。この検事、ニュースソースとして実在し、立松に情報を出した、と仮定しますよネ。もし、私が、その検事の名前を知っていて、私の調書に、その名前が記載されたとしますと、高検は、どうするんですか?」
「もちろん、その検事を取り調べます」
「パクるんですか」
「供述如何で、任意でやるか、パクるかは、状況次第、ですよ」
「その検事が、相当な地位にあるとしたら」
「犯罪の容疑の有無であって、地位や身分は関係ないですよ」
「フーン…」
「立松君のネタモト、知っているんでしょう」
「知ってますよ。でも、ニュースソースは秘匿せよという社命だから、いえません」
「話してくれないと、困るんだよなあ…」
そんなヤリトリのあと、私が質問したのは前述したように、高検が、その検事の名前をつかんだあとの、対応であった。「犯罪容疑の有無であって、地位や身分は関係なし」という、川口の表情は、私の眼を直視して、毅然としていた。
私は、「フーン」といいながら、河井検事だと供述したあとに、どんなにか、ドラマティックな〝事件の展開〟があることかと、考えると、話したい〝誘惑〟にかられた。
土井たか子発言ではないが、それこそ〝山が動く〟のである。河井検事は高検に調べられ、辞職を迫られるであろう。当時の馬場義続・法務事務次官も、辞任に追いこまれるかも知れない。岸本は総長になり、〈歴史〉が私の一言で変わるのである——この〝誘惑〟は、まさに、私の人生をも、一変させるようなものであった。
「その検事が、馬場派の検事だったら、川口さんにパクられて、もう、総崩れだネ。高検のメンバーが、このまま、最高検だ。ハハハおもしろいねぇ」
私は、川口の追求を、こんな与太を飛ばして、辛くも、振り切った。
やはり、竹内四郎、原四郎と、二人の対照的な性格の社会部長に、教えられ、育てられた、〈新聞記者・魂〉が、しっかりと根付いていたのだった。
世論形成のため、時間稼ぎをしていた原四郎が、各社と連帯して、高検の不当逮捕を非難する、ゴウゴウたるキャンペーンを捲き起こし、立松は、拘留がつかずに、二十七日午後、釈放された。
事件の後始末、スター記者時代の終わり
それ以後、舞台は、国会の法務委員会に移った。と同時に、読売にとっては、ニュースソースは検察筋と答えた小島編集局長の、法務委への証人喚問という、新しい展開を見せてきた。
国会の証人喚問となれば、証言拒否ができなくなる。被疑者には黙秘権があるが、証人には、黙秘権はない。しかも、そんなヤリトリに慣れていない、小島編集局長が喚問されたら、どんなことになるか。
実際のところ、マルスミメモによって、九名もの代議士に、〝容疑あり〟の記事を書いたのだから、これらの議員が、入れ換えで法務委員に登録してくると、局長の喚問が実現する可能性は、十分にある。
その報告をした時の、小島局長の周章狼狽ぶりは、見ていて、情ない思いであった。これが、読売新聞の編集局長か、と、呆れざるを得ない、ほどであった。
——そこに、正力松太郎代議士が登場する。
原四郎の〝努力〟で、立松記者は釈放された。と同時に、読売新聞あげての、高検・岸本検事長叩きが開始されたのだった。