日別アーカイブ: 2020年11月6日

正力松太郎の死の後にくるもの p.046-047 壮絶な出所進退

正力松太郎の死の後にくるもの p.046-047 競馬狂、酒好き。自らの手で掘った〝墓穴〟と嘲う者もいよう。しかし、朱筆の一本、カメラの一台に、絶大な自負がなくて、どうして退職金のすべてを投げ出せようか。
正力松太郎の死の後にくるもの p.046-047 競馬狂、酒好き。自らの手で掘った〝墓穴〟と嘲う者もいよう。しかし、朱筆の一本、カメラの一台に、絶大な自負がなくて、どうして退職金のすべてを投げ出せようか。

多くのカメラマンは仕事に出かけると、ヤタラとシャッターを切る。紙面に使われるのはタダの一枚の写真なのに、沢山写して、デスクや部長にえらんでもらうためだ。もっとも、未熟なカメラマンを育てるための、それが教育法でもあったのであろう。ところが、Iはいつも、仕事は

一枚限りである。

最近は、小型カメラ全盛だが、Iの時代はスピグラ一本槍のころである。現場へ着くと、Iはただ一発のフラッシュガンを片手に握り、片手にスピグラというスタイル。フラッシュの点火を確実にするため、差込み部分をナめながら、チャンスを狙って閃光一閃。他社カメラマンがひしめきつづけるのをシリ目に、悠々と車にもどるという芸当であった。

昭和二十四年暮。当時国会担当であった私が、議員会館に女を連れこんで、温泉マーク代用にしている者が多い、という噂を聞きこんで、一晩張り込みをした時の相棒もIであった。……深夜、寒さにふるえながら待った甲斐があって、某参議院議員が、一見水商売風の女性と手をつないで会館へとやってきた。

玄関前の植え込みから飛び出した我々を見て、クダンの議員はクルリと反転、女を引っ張ったまま逃げ出した。一瞬の差で顔を写しそこねたIは、まだシャッターを切らない。二人で、待機中の車に飛び乗って、逃げた方角を追う。私が守衛にその男の顔を確認していた数分、否、数十秒のおくれがあったからだ。四国出身のK議員と判って勇躍する。

会館の周囲をグルリと走って、三宅坂方向をみると、何と、まだ手をつないだまま、二人が走っている。Iが運転手のSに落着いた声でいった。「あの二人を追い抜きざま、急カーブを切って、前を廻ってくれ」と。みると、例のスタイルでフラッシュをナめているではないか。

自動車部のSもヴェテラン、車がアメリカのギャング映画もどきの、鋭い悲鳴をあげて急転回した瞬間、車窓に構えたスピグラが光った。——翌日の夕刊一版から、トップを飾ったこの一発の写真は「噂の議員会館・門限後潜入記」の見出しを語りつくしていた。そして、この議員は翌春の参院選に落ち、衆院に廻ってきて、以来当選七回である。

Iは共同通信でデスク・クラスのカメラマンであったが、酒の上のケンカで椅子を相手に投げつけ、片眼を失明させてしまった。酔いさめたIは、退職金の全額を相手に贈って詫び、裸で読売に入社したのだという。

競馬狂、酒好き。自らの手で掘った〝墓穴〟と嘲う者もいよう。しかし、朱筆の一本、カメラの一台に、絶大な自負がなくて、どうして退職金のすべてを投げ出せようか。

私がいいたいことは、この二人の記者の行動についてではない。彼らにも、それぞれの家族もあり、家庭内の事情もあったろうから、退職金を投げ出すことについての、若干の感慨もあったであろう。個人的な事情とはいえ、退職金までもゼロにして、社をやめるという壮絶な出所進退をとりあげたいのだ。そして、二人ともその〝骨〟ならぬ〝腕〟が、立派に拾われているということだ。

古き良き時代の、ある新聞記者像として、この二人のエピソードを紹介した。読者のみならず、大新聞記者の多くの人たちには、もはや理解できなくなってしまった、この〝社を辞める〟

という感覚を、とりあげてみたかったのである。