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編集長ひとり語り第53回 ズッコケ加藤の末路

編集長ひとり語り第53回 ズッコケ加藤の末路 平成12年(2000)11月25日 画像は三田和夫58歳(1979.11)
編集長ひとり語り第53回 ズッコケ加藤の末路 平成12年(2000)11月25日 画像は三田和夫58歳(1979.11)

■□■ズッコケ加藤の末路■□■第53回■□■ 平成12年11月25日

「おまえ、バカなんじゃないかって…私もエラそうなことは言えませんけど、ネ…」

これは、イイ年をして、涙拭き拭き語る三田佳子のダンナのセリフである。テレビでの、このコメントを聞きながら、私は、このセリフは本人自身へブツけるべき言葉だ、と感じていた。NHKのプロデューサー出身だとか、一体、この男は、ナニを、どんな形でプロデュースしていたのか? と、疑問を感じた。大女優にパラサイトしているだけの男、と哀れにさえ思えた。

余談だが、山田五十鈴の何番目かの夫の役者がいた。地方巡業に行くと、“ベルダン”と声がかかる。ベル(五十鈴)のダンナ、という意味である。彼は、このカケ声に反発して、短い結婚生活を終えた。自分から三行半(離縁状)を突きつけた。「俺は独立した役者なんだ!」と。

私は、加藤紘一に「お前バカなんじゃないのか?」と、ヨシダンが自分の次男に吐きつけた言葉を、そのまま、吐きつけたい。野党の不信任案上程の、さる20日の朝、自宅を出る加藤は、「100パーセントの勝利!」と、大言を報道陣に言い放った。

森を下ろして、自分が総理になる、とも、自分が総理になったらこうするといった、情熱も、理想も、未来をも、彼は語ったことはなかった。「離党はしない」「不信任案に同調する」といった言葉の端々から、「この男は何を考えているのか」といった疑問が浮かぶが、「100%の勝ち」ということがとにもかくにも、森政権の現状打破のキッカケになるだろうことは、期待できた。

「離党しないで、野党の不信任案に同調する」ということは、「自民党内で多数の支持を得て総理総裁の座に就く」とは、バカでなければ、考えられない。仮に、不信任案が可決されたとしても、野党が一体となって、加藤を総理に担ぐということは、バカでなければ、考えられないのである。

となると、加藤は、一体何を狙って11月始めからの行動を起こしたのか。加藤派45名、山崎派19名で、合計64名。両派から落ちこぼれが出なくとも、主流派に対しては少数派である。そして、実際に本会議に欠席した(加藤・山崎両氏と行動を共にした)のは、加藤派21名、山崎派17名の38名だった。加藤派では、半数以上の24名が森側についたのである。

加藤が、外部に向かって、名乗りをあげる前に、自派44名の意志の点検をしたのか。前会長で、現名誉会長の宮沢蔵相が、賛成してくれたのか。加藤派(宏池会)の創設者・池田勇人の娘ムコの池田行彦元外相はどうか?

自分の足許さえ見ることができないのでは「お前バカなんじゃないのか!」といわれて、当然である。当初から口にしていた、国民の総意によって…というクダリは、HP(ホームページ)に数十万のアクセスがあったから、ということらしい。失礼ながら、自民党支持者の大多数の人々は、加藤のHPなど見たりはしない。トンデモナイ錯覚である。

当然考えられるのは、全国遊説で、直接国民に語りかけ、その理想や新世紀への期待に熱弁を振るうべきであった。HPへのアクセスが数十万人あった、といっても、一億二千五百万人から見れば、ケシ粒ほどの数だ。

さらに、テレビが報じた、最後の“喜劇”は、「これから、同志の山崎くんと2人で、本会議場で賛成票を投じに行きます」という、恥の、バカの上塗り、サル芝居である。もう、まともな政治家の発言ではない。

日比谷高校(府立一中)、東大法学部と歩んだ官僚志望者の、哀れな哀れな、頭デッカチだけの末路であった。私はいう。「お前、ホントにホントにバカじゃないのか!」と。

蛇足ながら、一言付け加えておこう。

むかしの派閥会長は、自分が利権を握って金を集め、それを子分たちに分け与えて、派閥の団結を図ってきたのである。いま、そんなことができるのは、亀井静香ぐらい。他の会長たちを見渡すと、そんな才能のあるのはいない。が、依然として派閥が存在するのは人事への発言力を期待するからだ。

森内閣の予算審議をみると、ロクに答弁もできない(足取りさえもおぼつかない)老人大臣が、何人か見かけられる。それも、派閥に属している恩恵なのである。

分裂騒ぎになっている加藤派で、会長の欠席指示に従わなかったのは、宮沢を除いて、23名。そのほとんどが、すでに大臣を経験している。つまり、加藤を取り立てる意味がない人たちである。 平成12年11月25日