点は検挙中国人である。治安当局では、この点と点を結ぶ線を求めた。警察官調書や検察官
調書、麻薬取締官調書の、片言隻句をつづり合わせて、線が結ばれた。こうして、別表のように、中共政府の「国家意思」をみつけだしたのだった。
警視庁外事課が、ある一人の中国人を追っていた。令状の容疑は、麻薬取締法違反である。その名前は沈士秋。ようやく追いつめて、都内下町のアジトに係官たちが踏みこんだ。
沈士秋と目された男は不在だった。しかし、間もなく帰宅するであろうという。二階に上って、何気なく押入れのフスマをあけた係官たちは、アッと叫んだまま、息をのんで立ちつくしていた。
大型の無電機が、押入れ一パイに装置されているではないか。
単なる麻薬の卸売り人、もしかしたら、他にナニかが出てくるかもしれない。過去の経験から、そんな莫然とした期待がないでもなかったが、係官たちは、彼がこんなに大物だとは思いもよらなかった。
麻薬スパイだったのである。アジトに無電局を開設しているのだから、やはり、中枢にいる人物に違いない!
この意外な呑舟の大魚に、流石の、警視庁外事課のヴェテラン刑事たちも、日頃のタシナミを忘れてしまった。アジトの玄関先に、脱ぎ散らされた六足の男靴!
刑事たちは、もっと意外な発見があるかもしれないと、やがて帰宅するであろう沈士秋の逮
捕も忘れて、家宅捜索に夢中になってしまったのである。そして、そのチャンスに、沈は玄関先までもどってきて、異様な雰囲気を察して、キビスを返して逃走した。
警視庁の全国指名手配は、直ちに全警察に行き渡ったが、兵庫県警から連絡すべき、法務省入国管理局神戸事務所へはこの重要手配が届かなかったのだった。港で、人間の出入国を監視するのは、入管事務所の仕事である。沈は、タッチの差で、神戸港から乗船し、国外へ逃走してしまったのであった。
東京で取り逃がした警視庁は、その手配が十分に間に合っているにもかかわらず、兵庫県警と神戸入管との、感情的対立から、またもや、神戸で逃げられたと知って、それこそ、地団駄をふんで口惜しがったのである。
もし、この沈士秋を捕えていれば、今までの、外事、麻薬捜査の積み重ねの中で、名前だけは浮んでおりながら、実体不明だった、麻薬と中共の関係交点にいる、李士華などの重要人物の解明ができたのであった。