正七時、私はさっそうと玄関に立った。すでに庭も玄関も、すべてハキ清められているではな
いか。老人は早起きだ。
「お早ようございまーす。三田将校斥候、只今到着いたしましたッ」
私は、それこそ軍隊時代の号令調整のような大音声で呼ばわった。
すると、意外、次の間の読経らしい声がピタリと止んで、
「ナニ? 将校斥候だと? 将校斥候がきたのでは、敵の陣内まで偵察せずには帰れないだろう。ヨシ、上れ」
辻参謀は、そういいながら玄関に現れた。私は、自分の計画が、こう簡単に成功するとは考えていなかったので、半ばヤケ気味の大音声だった。だから、計画成功とばかり、ニヤリとすることも忘れていた。
寒中だというのに、すべて開け放しだ。ヤセ我慢していると火鉢に火を入れて、熱いお茶を入れてくれて、じゅんじゅんと語り出していた。
私の感想では、現代の二大アジテーターが、日共の川上元代議士と辻参謀だと思う。川上流は、持ちあげて湧かせて、狂喜乱舞させてしまうアジテーション。私は、彼の演説を聞くたびに、記者であることを忘れて、夢中になって拍手してしまうほどだ。
辻流は、相手をグッと手前に引きよせて、静かに自分のペースにまき込んでしまう対照的な型である。はじめて会った辻参謀は、約一時間以上も、それこそ、じゅんじゅんと語った。
「マ元帥はもはや老朽船だ。長い間、日本にけい留されている間に、船腹には、もうカキがいっ
ぱいついてしまって走り出そうにも走れない。このカキのような日本人が、沢山へばりついているのだ……」
参謀は、そういいながら、彼の書きかけの原稿をみせてくれた。読んでみると、反米的な内容だが、実に面白く、私たちの漠然と感じていることを、実に明快に、しかもハッキリといい切っている。
私はその原稿を借りて帰った。原部長に見せると、「実に面白い」と感心された。私は良く知らないが、原部長は、まだ占領期間中であるのに、その原稿を読売の紙面に発表して、問題を投げかけ、読者に活発な論争をさせようと企画したらしい。
「あのような激しい、占領政策批判の記事を?」と、私は内心、部長の企画に眼を丸くして驚いた。しかし、この原稿は社の幹部に反対された
らしく、部長もついに諦めたらしかった。
(写真キャプション クラブ・マンダリンの国際賭博は読売の特ダネ)