最後の事件記者 p.372-373 このガンコ爺メ!

最後の事件記者 p.372-373 「よろしい、趣旨は判った。しかし、ワシは新聞記者がキライで、会わないと決心をしたのだから、会うワケにはいかん」
最後の事件記者 p.372-373 「よろしい、趣旨は判った。しかし、ワシは新聞記者がキライで、会わないと決心をしたのだから、会うワケにはいかん」

この早春のある朝、私は辻政信元大佐を訪れた。仮寓へいってみると、入り口には、「警察官と新聞記者、入るべからず」と、墨書した木札が出ている。これにはハタと困って、しばらくその門前で考えこんでしまった。
だが、そのまま引返すほどなら、記者はつとまらない。私は門をあけ、玄関に立った。日本風の玄関はあけ放たれて、キレイに掃除してある。「御免下さい」と案内を乞うと、すぐ、次の間で声がした。

「誰方?」

「読売の社会部の者ですが……」

「ワシは新聞記者はキライだ。会いたくないから、チャンと門に書いておいたはずだ」

声はすれども、姿は見えずだ。辻参謀はチャンとそこにいるのだが、一向に現れない。

「しかし、御意見を伺いたいのです。ことに、日本独立後の再軍備問題なので、是非とも、おめにかかって、親しく、御意見を伺わねばなりません。再軍備問題は、するにせよ、しないにせよ、新聞としては当然、真剣に、読者とともに考えるべきものです」

「よろしい、趣旨は判った。しかし、ワシは新聞記者がキライで、会わないと決心をしたのだから、会うワケにはいかん」

「いや、会って下さい。私も一人前の記者ですから、それだけの理由で、敵陣に乗りこみながらミスミス帰るワケに行きません。それでは、出てこられるまで、ここで待っています」

私も突っぱった。向うも、こちらも大声である。畜生メ、誰が帰るものか、と、坐りこむ覚悟を決めた。

「ナニ? どうしても会う気か」

「会って下さるまで待ちます」

「ヨシ、どんなことでもするか」

「ハイ」

「では、毎朝七時にここへ来い。君がそれほどまでしても会うというなら、会おう。毎朝七時、一カ月間だ」

「判りました。それをやったら、会ってくれますね」

そう返事はしたものの、私はユーウツであった。朝早いのには、私は弱いのである。毎朝七時に、この荻窪までやってくるのは、大変な努力がいる。しかし、読売の記者は意気地のない奴、と笑われるのもシャクだ。

——このガンコ爺メ!

舌打ちしたいような気持だったが、猛然と敵愾心がわいてきて、どうしても会ってやるぞ、と決心した。仕方がないから、社の旅館に泊りこんで、毎朝六時に起き、自動車を呼んで通ってやろうと考えた。

三田将校斥候到着

その夜、旅館のフトンの中で考えた。一カ月といったら、続きものが終ってしまう。何とか手を打って、会う気持にしてやろう。

翌朝、ネムイ眼をコスリながら、七時五分前に門前についた。時計をニラミながら、正七時になるのを待った。私には一つの計画があった。

正七時、私はさっそうと玄関に立った。すでに庭も玄関も、すべてハキ清められているではな

いか。老人は早起きだ。

「お早ようございまーす。三田将校斥候、只今到着いたしましたッ」