正力松太郎の死の後にくるもの p.122-123 朝日と読売がシノギを削っている

正力松太郎の死の後にくるもの p.122-123 この記事の見出しは、「著しい読売の伸び、朝日との差加速的」とあり、六百万の大台競争に、読売が激しく迫っていることを物語っている。
正力松太郎の死の後にくるもの p.122-123 この記事の見出しは、「著しい読売の伸び、朝日との差加速的」とあり、六百万の大台競争に、読売が激しく迫っていることを物語っている。

昨年秋のABCレポート(注。新聞雑誌販売部数考査機関。スポンサー、代理店、媒体側ともに会員となり、会費で運営され、広告料金の科学的適正を期するもの。オゥディット・ビューロー・オブ・サーキュレーションの略)の数字で、朝日との実数差四十万部という大まかな表現をとってきたが、その数字は改訂しなければならない。数字は44・1~4のABC部数であるが、これらの〝戦況〟を、業界紙「新聞展望」紙の記事によってみよう。

「前号で『朝日—東京—の下向き表情』を所報し、発行部数の落ちを伝えた原因として、読売に

反撃されたことを、第一原因とした。では、具体的にどのように、朝日と読売の部数がシノギを削っているかを、つぎに示すとしよう。〈太郎坊〉

本号では、オール朝日新聞とオール読売新聞のABC報告部数を比較して、別表を調整してみた。この表を見れば、両社の勢力分野が一目瞭然であるばかりか、全国制覇を争う宿命の明日が推測される。

一月度は朝日が読売より56万7千57部の優位にあったのが、二月、三月で大きく水がちぢまり、四月にはわずかに、15万2千9百89部という数字を示してきた。

しかも、名古屋に朝日は36万4千4百57部という部数を持っているのに対して、読売は発行していない。その数字を別にしての差であるから、読売の実質的底力が実証されるというもの。特に新聞の販売部数は、上昇線をたどっている社と、下降線をたどっている社とは、その格差が違ってくる。上げ潮の勢いはいうまでもない」(44・7・4付「新聞展望」紙)(別表Ⅰ)

同紙はさらに、朝日、読売両紙の東京管内の部数を続報している。

「全国制覇にシノギを削る朝日対読売の部数が、わずかに15万部の差となったことを、具体的数字で示したが、本号では東日本での実態を、同じようにABC部数で比較してみた。もちろん、東日本では読売が朝日を圧してたが、朝日は読売陣営に対して大々的な攻撃を加えて、44・1・15日部数を、全朝日で5百83万9千4百88部という記録を発表した。

その一月度部数を東京本社管内にみると、朝日は4万3百90部多い。二月になると、逆に読売が3万3千17部多くなった。読売が逆にまきかえしたというより、朝日の背伸びが原因したとみられる。

三月度は、9万5千2百75部となり、さらに四月度は、14万9千66部と、月を追って水は開く一方である。ここまでくると、急坂を転倒する、ひとくれの〝石ころ〟が加速度を加えるように、朝日の落差が著しくなってくる。

四月度の比較表によると、各県の実態が明瞭であるが、これからも業界の両雄は、随所に激烈な競争を展開して、覇を争うことであろう。(この表で、富山と石川は、朝日は大阪管内であるが、部数は僅かである)〈太郎坊〉(44・7・1日付「新聞展望」紙)(別表Ⅱ)

この記事の見出しは、「著しい読売の伸び、朝日との差加速的」とあり、六百万の大台競争に、読売が激しく迫っていることを物語っている。さて、このような読売の部数の伸びという事実を前に、もう一度業務の務台——編集の原という、読売の実力者コンビを検討しなければならない。

さきに、原の「記者としての体質」はどうなったか、という疑問の提起をしておいた。実はそ

こに〝一犬実に吠えて、万犬虚を伝う〟と、評した所以があるのであって、新聞の体質が変ったにもかかわらず、記者としての体質は、古き良き時代そのままに変っていない、と私は考えている。原ばかりではない。