正力松太郎の死の後にくるもの p.334-335 「真実の報道」がすでに空念仏となり

正力松太郎の死の後にくるもの p.334-335 「真実の報道」と「不義不正への挑戦」という、紙面の大黒柱が形骸だけをとどめていて、実は何もなくなっているという現実 7章トビラ 7 ポスト・ショーリキ
正力松太郎の死の後にくるもの p.334-335 「真実の報道」と「不義不正への挑戦」という、紙面の大黒柱が形骸だけをとどめていて、実は何もなくなっているという現実 7章トビラ 7 ポスト・ショーリキ

あの毎日の〝惨〟たる数字をみる時、上田ならずとも、販売制度の改革を考えざるを得まい。

これらの事実を見る時、「真実の報道」がすでに空念仏となり、「新聞」とは巨大なるマスコミ産業に変質していったことが、納得されるであろう。

今までの「新聞論」の多くのものが、新聞を襲った、大きな地すべり——「真実の報道」と「不義不正への挑戦」という、紙面の大黒柱が形骸だけをとどめていて、実は何もなくなっているという現実に眼をおおって、過去の「新聞」とは全く異質のものと認めようとしなかったきらいがある。

正力松太郎の死の後にくるもの

7 ポスト・ショーリキ