事実、神戸水上署の保安課長といえば〝陽のあたる場所〟である。それをしも若い女に狂っ
て、棒にふることはあり得よう。だが、それならば、妻と女の母親への手紙で〝愛欲行〟は判っていたのである。どうして、水上署の刑事二人が遠い奥日光まで、追って来なければならなかったのだろうか。
警察では、捜査費用の予算が少ないことが、刑事たちに心身共のオーバー・ワークを強いる結果になることを、常日頃から洩らしているではないか。この出張捜査は、県警本部の了解なしには、行なえるものではない。とすると、やはり、松尾警部の死の愛欲行は、その背後関係を洗わねばならない。
松尾警部心中事件の背景を求めて、阪神の〝極道〟(ゴクドウ。東京でいうヤクザ)たちの間を歩き廻った私は、「松尾警部の事件は、モチロン麻薬があるのさ」「麻薬課長の女房が、オドかされているという、ケッタイな話もあるンヤ」と、彼らの間の、無責任な風聞をきき集めてきた。
それらの中で、フト、私の気持に、何かピンと来る、古い事件があった。一人の麻薬バイ人(ペーヤと呼ばれる、末端の小売り人)が、拘留中に痔のために一般病院に移され、そして間もなくピストル自殺を遂げたという話である。
鈴木兼雄、昭和四年生れ、昭和三十六年四月三日、神戸市生田区加納町四の一山田病院で自殺。神戸の極道、五島会岩田組に属し、常習の麻薬密売人である。
〝サツの犬〟の寝返り
「今回、私が警察でお調べをうける破目になり、反省してみましたが、私のようなインホーマー(注、情報提供者)の犠牲者を再び出さないように、しなければならないこと。麻薬事務所のオトリ捜査の行き方が、これで良いのかといった疑惑を抱くようになりましたことなどから、麻薬捜査の適正化といったことに役立てばと思い、私がインホーマーとして活躍した過程で、知っていることを一切お話したいと思います。これを話すことによって、私自身、自繩自縛のことになる点もあり、また、他から身体生命的な圧迫、迫害といったことも、一応予想されるところです」
このような文章で、この麻薬密売人は兵庫県警防犯課で、昭和三十五年八月十三日、真鍋弥太郎警部補に調書をとられているのである。
この調書の冒頭部分で明らかになったように、鈴木は常習密売人であると同時に、厚生省麻薬取締官近畿事務所のインフォマー(S、スパイのこと)であったのである。そして、鈴木一派の麻薬取締法違反事件は、同時に近畿事務所長近藤正次、同捜査二課長鋤本良徳、東海事務所阿知波重介という、三名の現職麻薬取締官の逮捕へと、意外な発展をしたのであった。
イヤ〝意外な発展〟といっては、正鵠を失しよう。兵庫県警の狙いは、近藤所長以下の、麻薬取締官の逮捕であったといってもよかろう。つまり、商売仇をヤッつけたのであった。