この女性は、読売本社に電話して、それならば警視庁クラブの三田記者に聞けと教えられ、今、こうして私
を呼び出したのであった。
落着いた、慎しみ深いその話振りから、年配は二十七、八才と察しられた。そして、極めて礼儀正しい口調なのであるが、電話を切り終ってから気付いたことは、彼女は電話の礼儀である自分の名を名乗っていないということであった。
Q氏という(まだしばらくの間、仮名で呼んでおこう)米国人のことを、もっと詳細に知りたいという話なので『電話ではナンですから、クラブに訪ねていらっしゃい』といって、その電話を終った。
約一時間後、私はせまくるしいクラブの応接室で、彼女と相対していた。
『初めまして……。先ほどお伺いいたしましたこと、如何でございましょう』
私のカンはたがわず、ほっそりとした、二十七、八才の女性だった。慎重な、落着いた口の利きかた、礼儀正しい動作、いかにも教養のありそうな、理智美があふれていた。
化粧、服装、所持品、素早く一べつをくれた私は『初めまして……』の次に、自ら姓名を名乗らない彼女が、如何なる女性であろうかと、考えていた。
『わざわざお出を頂いて、私、三田です』
私は、反応をみるため、逆に改めて名乗った。彼女はモジモジとした。
『私、名前も申上げませんで……。甚だ勝手ですが、チョット事情がございまして……』
偽名を準備してこない点が気に入った。
——これは意外に面白くなりそうだ!
私は快活に笑った。
『イエ、構いません。その中、御都合が良ければ伺いましょう。で、Q氏のことですが、あれからすぐ社の資料部へ問合せまして、Q氏に関する新聞記事の切抜きを、集めておいてもらうよう、頼んでおきました。もうおっつけ返事が来るでしょうから、しばらくお待ち下さい』
——この女は逃さないぞ!
私はそう考えながら、彼女の正体をカギだす雑談をするため、時間を稼ごうと思って、ウソをついたのだった。
雑談の合間に私の質問が自然に織りこまれていた。こうして、約三、四十分。大丈夫もう一度逢ってくれるという、自信を得た私は『チョット、失礼』と席を外して、電話をかける振りをして、再びもどってくる。
『資料部に聞いてみましたら、その切抜きが倉庫に入ってるそうで、明日まで待ってくれとのことですが、宜しいですか?』