新宿慕情 p.142-143 おとなになりたいんだオネエさん

新宿慕情 p.142-143 仲居のおキクさんは、万事承知の助で、この〝坊や〟の筆下ろしのために、然るべく、手配をしていてくれたらしい。日本髪の、いかにも、芸妓ッぽいお姐さんが入ってきた。
新宿慕情 p.142-143 仲居のおキクさんは、万事承知の助で、この〝坊や〟の筆下ろしのために、然るべく、手配をしていてくれたらしい。日本髪の、いかにも、芸妓ッぽいお姐さんが入ってきた。

渋谷、丸山町の花柳界を歩きながら、「粋園」という大きな待合に、ひとりで入ってみた。そこの仲居、しかも、初めて行った日の仲居サンが、なぜか、私を大切にしてくれた。

二回か、三回、ヒラ座敷で、酒を呑んで帰っただろうか。そして、誕生日の夜に、覚悟を決めて出かけていった。

「ボク、きょうが誕生日なんだよ。……おとなになりたいんだ。オネエさん、頼むネ……」

多分、そんなセリフを吐いたことだろう。

はたちの誕生日に

十一時ごろで、ヒラ座敷の妓は帰っていった。そのころの待合の玄関には、必ずといってよいほど、将校の黒長靴が脱いであった時代だ。♪腰の軍刀にすがりつき……、といった唄が、流行っていたころだろうか。

仲居のおキクさんは、万事承知の助で、この〝坊や〟の筆下ろしのために、然るべく、手配をしていてくれたらしい。

日本髪の、いかにも、芸妓っぽいお姐さんが入ってきた。もちろん、初対面の女(ひと)であった。

そのころの花街の情緒は、丸山町あたりでも、立派なものだった、と思う(というのは、他の花街の知識がなかった)。

長襦袢一枚で、するりと入ってくると、膝が割れれば、肌があった。叮寧にタタんだお座敷着

と帯などは、朝早く、下地ッ子(芸妓見習生)が、お姐さんの浴衣と引き換えに、置屋に持ち帰ってしまう。

入浴して、キリッと浴衣姿に変わり、薄く化粧をして、甲斐甲斐しく、遅い朝餉のお給仕をする。

酒の相手はしても、座敷では食べものを口にしない、という戒律は、厳しく守られていて、同衾した翌朝でさえも、朝食をいっしょに、というまでには、ずいぶんと、時間がかかったものだった。

私の初体験の翌朝は、六月という梅雨時にもかかわらず、朝から太陽が輝いて、白地のカーテンを通して、日がサンサンと縁側に入ってきていた。

彼女(ダリヤという源氏名だった)は、その陽を浴びながら鏡台に向かって、髪をまとめていた。

「ボク、童貞だったんだ……」

私は、鏡の中の彼女に、そう語りかけた。

「……」

彼女は、大きく眼を瞠って、私を見返した。その瞳には、感動に近い輝きがあった。

「まあ、そう……。やっぱり……」

「オレ、きょうからハタチなんだよ。計画を樹てていたんだ。誕生日の夜に……って!」

「そうお!」