最後の事件記者 p.314-315 収容所内の反ソ反動分子の名簿をつくれ!

最後の事件記者 p.314-315 民主グループの連中が集めている、反動分子の情報は当然ペトロフ少佐のもとに報告されている。それと私の報告とを比較して、私の〝忠誠さ〟をテストするに違いない。
最後の事件記者 p.314-315 民主グループの連中が集めている、反動分子の情報は当然ペトロフ少佐のもとに報告されている。それと私の報告とを比較して、私の〝忠誠さ〟をテストするに違いない。

「私ハ、ソヴェト社会主義共和国連邦ノタメニ、命ゼラレタコトハ、何事デアッテモ、行ウコトヲ誓イマス。(この次にもう一行あったような記憶がある)
コノコトハ、絶対ニ誰ニモ話シマセン。日本内地ニ帰ッテカラモ、親兄弟ハモチロン、ドンナ親シイ人ニモ、話サナイコトヲ誓イマス。
モシ、誓ヲ破ッタラ、ソヴェト社会主義共和国連邦ノ法律ニヨッテ、処罰サレルコトヲ承知シマス」
不思議に、ペンを持ってからの私は、次第に冷静になってきた。チ、カ、イにはじまる一字一

句ごとに、サーッと潮がひいてゆくように興奮がさめてゆき、机上の拳銃まで静かに眺める余裕ができてきた。

最後の文字を書きあげてから、拇印をと思ったが、その必要のないことに気付いて、「誓約書の内容も判らぬうちに、一番最初にサインをさせられてしまったナ」などと考えてみたりした。

この誓約書を、今まで数回にわたって作成した書類と一緒に重ねて、ピンでとめ、大きな封筒に収めた少佐は、姿勢を正して命令調で宣告した。

「プリカーズ」(命令)

私はその声を聞くと、反射的に身構えて、陰の濃い少佐の眼を凝視した、その瞬間——

「ペールヴォエ・ザダーニエ!(第一の課題)、一カ月の期間をもって、収容所内の反ソ反動分子の名簿をつくれ!」

「ペールウイ(第一の)というロシア語が、耳朶に残って、ガーンと鳴っていた。私はガックリとうなずいた。

「ダー」(ハイ)

「フショウ」(終り)

はじめてニヤリとした少佐が、立上って手をさしのべた。生温かい柔らかな手だった。私も立上った。少尉がいった。

「三月八日の夜、また逢いましょう。たずねられたら、シュピツコフ少尉を忘れぬように」

眠られぬ夜

(写真キャプション 「幻兵団」というセンセーショナルな題のもと …「シベリアで魂を売った幻兵団」)

ペールヴォエ・ザダーニエ! これがテストに違いなかった。民主グループの連中が、パンを餌にばらまいて集めている、反動分子の情報は当然ペトロフ少佐のもとに報告されている。それと私の報告とを比較して、私の〝忠誠さ〟をテストするに違いない。

そして、「忠誠なり」の判決を得れば、次の課題、そしてまた次の命令……と、私には終身暗いカゲがつきまとうのだ。

私は、もはや永遠に、私の肉体のある限り、その肩を後からガッシとつかんでいる、赤い手のことを思い悩むに違いない。そして、…モシ誓ヲ破ッタラ…と、死を意味する脅迫が、…日本内地ニ帰ッテカラモ…とつづくのだ。

ソ連人たちは、エヌカーの何者であるかを良

く知っている。兄弟が、友人が、何の断りもなく、自分の周囲から姿を消してしまう事実を、その眼で見、その耳で聞いている。私にも、エヌカーの、そしてソ連の恐ろしさは、十分すぎるほどに判っているのだ。