田中彰治」タグアーカイブ

黒幕・政商たち p.208-209 川島正次郎氏を〝パパ〟と呼ぶ

黒幕・政商たち p.208-209 毎日の写真は、児玉誉士夫氏から入っているが、朝日は児玉氏は入らず、週刊新潮も「詐欺常習者にいつもの顔ぶれ」と題して掲載したが児玉氏がカットされていた。
黒幕・政商たち p.208-209 毎日の写真は、児玉誉士夫氏から入っているが、朝日は児玉氏は入らず、週刊新潮も「詐欺常習者にいつもの顔ぶれ」と題して掲載したが児玉氏がカットされていた。

デビ夫人が「パパ」と呼ぶ人

さて、こうして、各種のケースを眺めてみると、〝政治家と結んだ虚業家〟の像が、ハッキリと浮んでくる。旧聞だが、スカルノ氏にミス明眸金勢さき子さんを献じた木下商店や、それ

を真似たデビさんの東日貿易久保正雄社長なども、好適例であろう。そして、デビさんは、やがて川島正次郎氏を〝パパ〟と呼ぶようになる。しかし、最近でいうならば何といっても、四十一年暮の「東京大証」事件である。そして、毎日新聞は、十一月二十九日朝刊に、「政治家の顔、また登場」と、水野社長の結婚披露宴の、メイン・テーブルの写真をスクープした。朝日は十二月三日付朝刊で、毎日の写真と角度をかえて、「波紋描く詐欺師の祝宴」と同様な〝証拠写真〟を報じた。

毎日の写真は、左手前なので、児玉誉士夫氏から入っているが、朝日は右手前からで児玉氏は入らず、後を追った週刊新潮も「詐欺常習者にいつもの顔ぶれ」と題してこの写真を掲載したが児玉氏がカットされていた。

詐欺師と政治家——この奇妙な交際を確認するため、ここでは、一昨年の吹原——森脇——大橋富重——田中彰治事件と、こんどの大証事件にいたるまでの、「週刊新潮」誌のサワリをひろって、なぞってみた。

〝黒い霧〟周辺の人言行録

「吹原さんの共犯者みたいにいわれている黒金もほんとうは被害者でそれも大平さんなんかよりもずっと大きい被害者なんですのよ。黒金の女性関係までウワサされているようですが、あのウワサされている方(注=吹原ビル地下の喫茶店〝絵美〟の女経営者で、元新橋芸者であった南雲美奈江さんのこと)は、ほんとは黒金のじゃなく、黒金の友人のなのですよ」(黒金泰美氏夫人)(週刊新潮四十年五月十七日号)

元新橋の芸者で今はレストランのマダムに納まっているI女史がズバリ。

「黒金さんの奥さんが喜美代さん(美南江さんの新橋時代の源氏名)は黒金の友人の二号さんだというようなことをいってるらしいけど、あれはいけませんねえ。他人に迷惑かけることですわ。黒金さんの友人なんていったら、大平さんとか前尾さんが疑われますよ。喜美代さんが黒金さんの二号さんだということはハッキリしていることだし、子供もいることなんだから、ああいういい方をしてはいけませんよ」(週刊新潮四十年六月十九日号)

事件の方向転換に、結果的に片棒をかつぐことになった大橋富重氏の「問題の経緯」に関する話を聞いておこう。「今度の発表(地検の)では、森脇さんの金利違反脱税をまるでぼくが 裏付け、そっちへホコ先を向けるのに一役買っているようだ。——といわれてもあれは森脇さんが(地検に)ご自分で持ってった書類から出たんでしょう。

黒幕・政商たち p.210-211 四人が組んでやった大きな仕事

黒幕・政商たち p.210-211 光明池だけでも田中角栄は十億円もうけた。田中—小佐野のコンビは、このほかに七カ所の土地売買で巨額の利益をあげた。この手口を見ていたのが田中彰治
黒幕・政商たち p.210-211 光明池だけでも田中角栄は十億円もうけた。田中—小佐野のコンビは、このほかに七カ所の土地売買で巨額の利益をあげた。この手口を見ていたのが田中彰治

事件の方向転換に、結果的に片棒をかつぐことになった大橋富重氏の「問題の経緯」に関する話を聞いておこう。「今度の発表(地検の)では、森脇さんの金利違反脱税をまるでぼくが

裏付け、そっちへホコ先を向けるのに一役買っているようだ。——といわれてもあれは森脇さんが(地検に)ご自分で持ってった書類から出たんでしょう。政治家との関係もどうこういわれるんでしょうが、そら伴さん(故大野伴睦氏のこと)とは親子のような関係でしたし、政治家でもトップクラスの方なら、池田さんでも佐藤さんでも川島さんでも河野さんでも——中曾根代議士なんか、十何年の親しい仲ですしねえ」(週刊新潮四十年七月二十四日号)

二宮氏によると、田中角栄、小佐野の両氏は古くからのなじみであり、蔵相就任前に田中氏が代表取締役をしていた家の月賦販売会社「日本電建」を経営困難から小佐野氏に「引き取っ

てもらった」という間柄である。〝光明池〟問題は、この田中氏の〝民間業者と大臣との身分の使い分け〟がいっそうロコツに現われているという。

「あの光明池だけでも田中角栄は十億円ちょっともうけたという話を、私は大橋富重の口から聞いています。また田中——小佐野のコンビは、このほかに七カ所の土地売買で巨額の利益をあげたらしい。この手口をずっと見ていたのが田中彰治で、彼は小佐野や大橋をゆさぶったわけです。大橋、田中(彰)が逮捕されてから、もうかなりその辺の事実を自供してしまっているというから、あるいは事件は小佐野——田中(角)へ飛火し、さらに進めばこの二人にさる右翼の大将、それに某銀行家を加えた四人が組んでやった〝大きな仕事〟にも火がつくかも知れない…」と某代議士は語っている。(週刊新潮四十一年十月二十二日号)

終章 検事総長会食事件

昭和四十三年。十月八日付日本経済新聞夕刊=東京地検特捜部は、八日朝から新日本新聞社社長小原英丘(えいきゅう=本名孝二・55)と、同社員ら計六名を、中曾根康弘運輸相らに対する名誉棄損と、日通をきょうかつした容疑で、任意出頭を求めて取り調べを始めた。調べが済みしだい同日中に次々と逮捕していく見込み。