ママが揚げたカツ
それがある日。顔見知りになっていたそのママが、若い、どちらかといえば、年下の感じの男と同伴で、バッタリ、牛やで出会ったものである。
「やあ」
「まあ!」
こちらは、〝見てはならぬ〟ものを見てしまった感じ。あちらは、〝誤解しないで〟といった感じの、照れ臭げな挨拶があったあとで、連れの男を良く良くみれば、ナント、かつ由のチーフではないか。
——ホホウ?……。
そんな思いが、私の脳裡をよぎった。
店にこそ、あまり行かなかったが、この〝可愛いタイプ〟のママが、私と同じ岩手県は盛岡市の出身で、小学校が私の後輩の、県立女子師範の付属、と、知って、少なからぬ関心があったのである。
店には行かなかったが、出前の弁当などは、チョイチョイ取っていた。カツ弁だ。
締め切り前夜のこと。十名ほどが残業していて、夜食を取る段になった。カツ弁を発注したが、私は、フト、カツ丼が食べたくて、追っかけ電話して、カツ丼に訂正すると、ママは「丼がない
からムリ」という。
「ナニ、弁当重で充分だよ。メシの上に、玉子でトジたカツを並べればいいんだから……」と強引に注文してしまった。
十五分ほどして、ママから私に電話がきた。
「卵が足りないからダメ」という。止むなくカツ弁で我慢することにした。
そして、また三十分ほどたって、十個ほどのカツ弁を、ママと店の女の子とで、出前してきたが、ママが泣き顔なのだ。顔を合わせないようにしている。
「ママ、ナニ泣いてんだい?」
と、冗談半分にきくと、ママはオロオロ声で答えた。
「私は、お店をやってんだから、お客さんの希望だから、カツ丼を作って、と、チーフに頼んだの……。するとチーフは、『一人前のコック
が、カツ丼なんか作れるか。そんなら辞める』と、ケンカしてしまったのョ……。チーフに辞められたら、もう、あのお店はおしまいよ。このカツは、アタシが揚げたのだから、お口に合わないかも……」
もう、涙声で、語尾もさだかではない。
(写真キャプション)ラステンハイムなどと気取ったが、また逆もどり