勝村は英文の書類を一通取出した。
『これはクラブ・ピジョンに入り浸っている、ローレンス大尉から盗み取った書類だと報告したまえ』
チェリーは思わず勝村をみつめた。
『まあ、ローレンスのこと知っているの?』
『うむ、ミイラ取りのくせにダンサーのチェリーに夢中になって、ミイラになりつつあるローレンス大尉は、重要書類紛失の責任で朝鮮部隊へ転勤になり……』と、時計を覗いて、
『もう、十五分もすると飛行機に乗込むよ』
『まあ!』
『これは、従来細菌の検出には四日間もかかったものを、十五時間以内に細歯が培養検出できる小型特殊フィルターの内容だ。米国ではすでにこれを改良発達させたものを完成し、水道の蛇ロや導水管に装備できるようになっている。だから幾分機密程度は落ちているが、攻撃の研究しかしないソ連にとっては大変な収穫だよ』
『勝村! どうして貴方はそれを!』
『静かに。まさかローレンス大尉にほれていた訳でもあるまい。すべての事態は、その通りに
動いているから心配はない。これはチェリーの功績だよ』
『……』
『……キリコフの奴。ビックリしてチェリーを見直すぜ』
——俺は今でもこの女を愛しているのだろうか? ただ単に仕事のために利用しているのだろうか?
——私は今でもこの人を愛しているンだわ。だけど私にはこの人を愛する資格があるか知ら。
二人の間に沈黙が流れた。苦しい、お互に堪えられないような沈黙だった。チェリーの眼が濡れて、勝村の視線にからみついてきた。深い吐息をもらして、男はようやくのことで、すがりつく視線をそらした。
『本多の専攻は?』
『細菌』
事務的な、意味のない応酬だった。
『兵役は?』
『陸軍技師、満洲第七三一部隊付』
『復員年月日は?』