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最後の事件記者 p.102-103 「上野で日銀関係の事件です」

最後の事件記者 p.102-103 私は素早く判断した。日銀関係の事件が上野の管内で起きた。上野駅?輸送課長と結びつく。すると、現送箱、列車ギャングに襲われたかナ?
最後の事件記者 p.102-103 私は素早く判断した。日銀関係の事件が上野の管内で起きた。上野駅?輸送課長と結びつく。すると、現送箱、列車ギャングに襲われたかナ?

何だろう? 誰だろう? と感じて、前庭にもどってみると、両方とも自家用車で、しかもナンバーが続き番号だ。私は何気なく一台の車に近づくと、運転手に話しかけた。

『いい車ですね。これ何というの?』

『ハイ、ビュイックです。もう古いんですよ。三十八年ですから…』

『ヘエ、こんな車にのるのは、余ッ程エライ人なんですネ』

『エエ、輸送課長サンです』

『輸送課長ッて、国鉄の?』

『イエ、日銀です』

『あ、そうか。いい車だな』

私は素早く判断した。日銀関係の事件が上野の管内で起きた。上野駅?輸送課長と結びつく。すると、現送箱、列車ギャングに襲われたかナ?

『お早う』

何気なく次席警部に挨拶したが、あまり反応はない。あまりあわてないところをみると、列車ギャングではなさそうだ。署内の各係をずっと歩いてみると、経済係の部屋が人でいっぱいだ。

——またヤミ米か、

そう思って、ガラス戸をあけると、中は背広ばかり、みな同じバッジをつけている。カツギ屋

など一人もいない。

——ア、経済係だった。

中から刑事が立ってきて、「今、調べ中なんだ。あとにしてくれよ」と、追い出しながら小声で「上野の駅警備!」とささやいてくれたのである。

私は身をひるがえして、署をとび出すと、公衆電話で社電した。「上野で、日銀関係の事件です。すぐ写真を下さい」

札束の誘惑

上野の駅警備詰所に行ってみると、ここですべてが判った。日銀の新潟支店から、回収した古紙幣を本店に送る現送箱二百箱に、新潟の警察官と鉄道公安官が護衛につきそってきた。ところが途中で、貨車内にコボれている米粒に疑問を持ち、開けろ、開けて事故が起きたら責任問題だと押し問答してきた。

ところが上野駅につくと、日銀側はサッサと本店に運びこんだので、駅警備の湯沢巡査が、 そのトラックにのり、本店で開けさせてみたら、米二俵、木炭五俵、衣類などが出てきたというのだ。

最後の事件記者 p.104-105 五万円程度の札束を出された

最後の事件記者 p.104-105 横で聞いた社会部長も乗り出してきた。『バカヤロー。そんな時は、もらって、飲んで、喰ってから書くンだ。アハハハ』
最後の事件記者 p.104-105 横で聞いた社会部長も乗り出してきた。『バカヤロー。そんな時は、もらって、飲んで、喰ってから書くンだ。アハハハ』

ところが上野駅につくと、日銀側はサッサと本店に運びこんだので、駅警備の湯沢巡査が、 そのトラックにのり、本店で開けさせてみたら、米二俵、木炭五俵、衣類などが出てきたというのだ。

かけつけてきたカメラマンに、米の写真をとらせていると、輸送課長がやってきた。

『これには、いろいろと事情もありますことですし、上司にも報告しませんと……幸い車もありますことですから、席をかえてお話いたしたいと存じまして、一つ……』

要するに、モミ消しに料亭へでも連れて行こうというのだった。その夜、社へ上って聞くと、私の一報で、日銀本店に文書局長の談話を取りに行った記者は〝一見五万円程度〟の札束を出されたそうである。

『実際、あれをみた時は、クラクラッとしたよ。あの金がオレのポケットにあるとすると、今ごろは……』

『何だ。そんなウマイ話なら、オレも誘いにのって、あの車に乗るンだった。何しろ、相手が日銀じゃ、定めし酒池肉林。惜しいことをした』

ヘラズ口を叩いているのを、横で聞いた社会部長も乗り出してきた。

『バカヤロー。そんな時は、もらって、飲んで、喰ってから書くンだ。アハハハ』

『部長、それじゃ〆切に間に合わないですよ。各社が書いたあとじゃ、札束も酒池肉林も、可能性ないですよ。ハハハハ』

結果として、夕刊がないため、各社も後追いはしたが、ウチが写真入りの、立派な、実質的スクープとなったのである。

戦争前のこと。蒲田の愛国婦人会がグライダーを献納するというので、六郷河原の式場に、先輩と一緒に出かけていった。来賓席に通されるや、若いイナセなお兄さんが、「御苦労さんです」といって、御車代と書いたノシ袋を出した。

どうしようかと思って、先輩を見ると、眼でもらっておけと合図する。裏を返してみると、金五円也と、なかなかの大金だった。ポケットに納めはしたが、気になって式次第どころではない。

やがて、次の愛国グライダー第何号の募金箱が、式場の参会者の間を廻されはじめたが、来賓席には廻ってこない。私は、ツト立上るや、ノシ袋のまま、その金を箱の中に入れて、やっと落ちついて取材をはじめたのである。考えてみれば、やはり、新聞記者も、検事や警察官と同じように、なりたてのころほど正義感が純粋で強いのだが、古くなると世馴れてきて、現実と妥協してくるものだ。