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赤い広場ー霞ヶ関 p.180-181 ソ連が清川勇吉の入国を認めた

赤い広場ー霞ヶ関 p.180-181 Rastvorov's confession is 95% true. But the remaining 5% are intentional traps or lies?
赤い広場ー霞ヶ関 p.180-181 Rastvorov’s confession is 95% true. But the remaining 5% are intentional traps or lies?

社告には、朝日の海外特派員の、異

動と新配置が報じられ、清川勇吉氏をモスクワ駐在としてあった。そして、もう一枚はその入ソ第一報であった。

――ラ氏が名前を出した清川氏が、再びモスクワに行っている。ソ連政府は入国拒否もせずによくも清川氏にヴィザを出したものだ。

――ラ氏が自発的亡命ならば、祖国ソ連への反逆である。その反逆者と連絡をもっていた清川氏である。反逆者ラ氏がアメリカ側にその一切を自供した。その自供に登場した、清川氏の入国を許可した。これはソ連においては、信じられないことである。一般論として、ソ連を批判した新聞記者は、退去強制となり、再入国も認められない。

――毎日の渡辺善一郎前モスクワ特派員(註、東京外語ロシヤ語科昭和十三年卒、清川、庄司両氏と同期)が、帰国後書いた「ふだん着のソ連」でさえ、彼は再びモスクワへ行かないつもりで、書いた著書だと思っていたのに、清川氏の入国は解しかねる。

――しかも、日ソ交渉が始まるや、朝日の紙面から「モスクワ発清川特派員」の記事が消え同時に「ロンドン発辻特派員」の記事が「ロンドン発欧州総局」と変った。まさか清川氏が、モスクワからロンドンへ移ったのではあるまい?

当局のアナリストは、こう考えあぐみながら、呟いてみた。

『ラ自供にはウソがある』

『ラ自供は決してすべてではない』

『ラ自供には意識的な作為がある』

当局の係官たちは、二十九年一月にラストヴォロフ事件が起きてから、もう一年半にもなるというのに、まだ毎日のように、その自供書——山本調書の一行一行を追かけ廻している。なぜならば、どうしても腑に落ちない疑問が、幾つか残るからである。

つまり、自供の九割五分は真実である。すべて、ドンピシャリの裏付け証拠がとれたのである。しかし、どうしても、あとの五分が疑問となって残るのだった。

ソ連の中立条約締結、これを蹂躪した対日参戦、計画的な大量捕虜、思想的な政治教育とスパイの技術教育、それから基幹要員の天皇島上陸、そして鳩山内閣の出現に呼応する日ソ交渉——仔豚を買って育てる、ソ連の手口は奧深く、蔭濃い。十余年の先までも考えているのだ。

『アッ……』

当局のアナリストは恐ろしい著想に思わず小さな叫び声をあげた。

ソ連の手口である。ラ氏の失綜は形式的には、アメリカの拉致である。だが、真相は謀略的亡命である。わざと拉致されたのだ。そして敵の手中に入ってから、味方の意図するような自 供をする。ひったくりという、アメリカの手口に、つけこんだのである。