衣裳はこれですっかり揃った。台本は、すでに考えてある。霊験あらたかな立正交成会の御教
祖様「妙佼先生」の御慈悲にすがる、あわれな男である。
年令は三十才位、中学卒。戦後、中小企業の鉄会社に勤めていたサラリーマン。朝鮮動乱の好景気で遊びを覚え、妻との仲がうまくゆかなくなる。やがて、動乱が終り、会社は左前。サラリーはおくれがちで、生活はつまってきた。妻とのいさかいが多くなり、会社はついに前年秋に倒産。失業する。愛想をつかした妻は、彼をすてて逃げてしまう。生きる希望を失った男。しかし、まだ失業保険が半年あるので、新橋のある保険会社で、外交の講習を受けており、ヤケにもなるが、何とか立直りたいとの努力も忘れさってはいない男だ。
銀座を呑み歩いていたころ、知り合ったのが新聞記者T。その記者をたずねて、何か職を世話してもらおうと考えた。記者はその男に一パイ呑ませて帰してしまおうと、オバさんの呑み屋に入ってくる。
にせのルンペン
ライトが消えて、暗い舞台のドン帳のかげで、ドラが嗚りひびいて、幕が静かに上る。
オバさんは、ガラりと入ってきた客の顔をみてニッコリとする。サッソウとした青年記者のう
しろから、油気のない頭髪の、貧乏たらしい男がついてきた。厳寒の候だというのに、オーバーもきていないのだ。二人が台の前に腰かけると、記者は酒を注文した。
『まア、Tさん。久し振り。アンタはいつもパリッとして、元気でいいわねえ』
『イヤア、ここしばらく忙しくてね』
オバさんと彼の挨拶がすむと、酒が出される。
『うまい。やはり一級酒は違うな。もう、もっぱらショウチュウで、しかも、このごろは御無沙汰ばかりだから……』
男はいやしく笑って、ナメるように酒をのむ。オバさんはフト、この奇妙な二人の取合せに疑問を感じたようだ。彼は素早く感じとって、
『しかし、鈴木さん、あなたの全盛時代はいつも銀座だったからね』
男は鈴木勝五郎といった。下品な仕草で酒を味うようにピチャピチャと舌を鳴らして、
『それはいいっこなしですよ。女房には逃げられるし、生きる希望も元気もなく、そうかといって死ねもせず、こうして昔のよしみで、あなたに就職を頼みにくる始末ですよ』
終りの方は、自分にいいきかせるように、やや感慨をこめていった。鈴木という名も、間違え
ないよう、同僚の名前を合せたものだ。私はオバさんの視線が、チラと自分に注がれたのを感じた。