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編集長ひとり語り第6回 石原新都知事決まる

編集長ひとり語り第6回 石原新都知事決まる 平成11年(1999)4月12日 画像は三田和夫69歳(1990.06.15)
編集長ひとり語り第6回 石原新都知事決まる 平成11年(1999)4月12日 画像は三田和夫69歳(1990.06.15)

■□■石原新都知事決まる■□■第6回■□■ 平成11年(1999)4月12日

やっぱり、というべきか、当たり前というべきか、石原慎太郎が他の候補を蹴散らかしてダントツ当選した。朝生に始まるテレビ討論から、各候補たちの動静をテレビで見つづけていて、石原が出なければ再選挙だと感じていた。まず、有力5候補の人物評を試みたい。総評として、みな現在の自分が行き詰まっていて、場面転換としての出馬である。

まず鳩山。兄弟で金を出して、民主党を作りながら、二人ともトップになれない。副代表や幹事長代理という、ナンバー3以下に甘んじ、菅をかつがざるを得ない現実——つまり誰もついてこない政治的現実がある。50歳になるまで、電車に乗ったことのない男の選んだ道が、代議士をやめて浪人すること。

柿沢の過去は地元では常にトップ当選しながら、出たり入ったり、また出たりの政治的変節の放浪人生。もう自民党内でメの出る可能性はゼロだった。無党派を取りこむのが、飯島直子の肩を抱いたり、ダッチューノとアップの醜い顔をさらしたり、というセンス。

舛添もまた、女出入りや母親介護のセールスやらで、肩書きの「国際政治学者」も色あせてきて、テレビ出演も減っていただろう。栗本とのトラブルなど、噴飯モノだ。自民党員と組んだりするあたりのバカさ加減。石原優位のニュースに、「四分の一取れるかどうか、まだ分からんサ」と、惨めなセリフの男だ。

明石もまた、「総理に口説かれたから…。自民党一本化の約束だ」といったが、三分裂選挙となった時点で降りるべきだった。テレビで国連次長が10人ぐらいもいることをバラされたり、晩節を汚してしまった哀れな男。

共産党の三上。一番マトモな候補だったが、残念ながらまだまだ共産党での当選は無理である。しかし、こうして出馬し、票数を伸ばして行く事に意義があるのだから、ビリの柿沢の上にいた事は大健闘だろう。

間違って当選し、辞退もせずに4年間ネバった青島が、五千万円近い退職金を手に、都庁を去ってくれることだけでも、気持ちが明るくなる。

サテ、石原が都議会とどう付き合えるか。イエスとノーとを、どう表現してゆけるのか、まず、都議会との衝突で、解散をできるかナ。解散しても、いまの都議たちが再選されてくるだろうから、不信任されたらサッサと辞めるかナ。ともかく、一応、石原に期待してみようか…。 平成11年(1999)4月12日