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新宿慕情 p.080-081 かつ由の客はバッタリと遠のいてしまった

新宿慕情 p.080-081 深い事情は知らぬが、その誇り高きチーフが、やがて辞めてしまって、ママは方向転換を考えたらしい。…どうなることかとみていると、レストラン・ラステンハイムという名前に変わった。
新宿慕情 p.080-081 深い事情は知らぬが、その誇り高きチーフが、やがて辞めてしまって、ママは方向転換を考えたらしい。…どうなることかとみていると、レストラン・ラステンハイムという名前に変わった。

かつ由のチーフが、わざわざ〈和風ビフテキ〉と銘打った、この店の呼びものは、シイタケ、ピーマン、ニンニクなど、各種香辛料も加えた薬味が、ビフテキの上に山盛りになっているのであった。
盛り合わせは、フライド・ポテト、インゲン、甘煮ニンジンなどの、彩り野菜の時もあるが、ナスの精進揚げとかいった〝和風〟なものもつく。

これが、実に旨い。

牛やのビフテキには、肉の旨さだけで、もうひとつ、コックの愛情が欠けているようだ。

というのは、材料肉の良質さにオンブしてしまって、鉄板焼き風に、サービス係の女性たちが料理するからであろう。

私も、一度だけしか、牛やのビフテキを食べていないから、そう断定する自信はないが、オイル焼きと違って、ビフテキはやはり、コックの手にかけるべき〝料理〟だと思う。

そして、スキヤキも、牛やでは、感嘆して食べた記憶は、あまりない。つまり、ともに、材料肉に頼りすぎて、〈味〉が忘れられている感じなのだ。

しかし、しゃぶしゃぶには、タレの秘訣がある。肉とスープとタレとの、渾然一体のチームワークの〈妙味〉なのだろう。ともかく、絶賛に値する、牛やのしゃぶしゃぶである。

さて、こうして、ビフテキに関しては、隣組のかつ由に軍配をあげるのだが、その〝可愛い〟タイプのママには、まだ書かねばならぬことがある。

深い事情は知らぬが、その誇り高きチーフが、やがて辞めてしまって、ママは方向転換を考えたらしい。

店内改装のため休業、という掲示が出て、大工が入り始めたのは最近のこと。店内をすっかり模様換えしているので、一体どうなることかとみていると、レストラン・ラステンハイムという名前に変わった。新装開店してみると、これまた、隣組のビジネスホテル・サンライトの前マネ

ージャーが、黒服を着て挨拶し、制服のボーイがふたり立ち働く……といったアンバイなのである。

裏通りの横丁で、こんな気取ったレストランが、商売になると思うママの気持ちが、理解できなかった。

元マネージャーくんにきけばボーイ、コックとも、チームを組んで、開店を手伝ってやったということだったが、案の定、かつ由の客は、バッタリと遠のいてしまった。

ママのフンイキと

中食には、味噌汁とお新香付きのサービスランチ。夜は、ママのフンイキとチーフの味とを求めるボトルの客。これが、かつ由の〝存在価値〟だったというのに!

通りで出会ったママに、私は忠告を試みた。

「マダーム・ラステンハイム。景気はどお?」

彼女は、それでも、愛くるしく笑った。

「先生がきて下さらないから、もう、クビをくくらなきゃ……」

「チーフはどうしたのサ?」

「郷里にひっこんだままよ」

「劉備が三顧のこよなき知遇……という言葉、知ってるかい」

新宿慕情 p.084-085 味噌汁とお新香と〝女の戦い〟

新宿慕情 p.084-085 かつ由のオカミさんは、美人とはいえないが、可愛いタイプで、それなりにチャーミングである。サンライトのマダムは、美人であって、これまた、笑顔が魅力的だ。
新宿慕情 p.084-085 かつ由のオカミさんは、美人とはいえないが、可愛いタイプで、それなりにチャーミングである。サンライトのマダムは、美人であって、これまた、笑顔が魅力的だ。

私が、その後に〝取材〟したところでは、彼女は、「ホテルの副社長」であった。と同時に「社

長夫人」でもあった——。

つまり、レストランの営業不振に、直接、陣頭指揮に乗り出してきた、という次第だった。

女の子もイキイキ

かつ由が、チーフの退職を機会に、「レストラン・ラステンハイム」に変わって、サンライトの不振時代のマネージャー・チームが参加した、という〝現象〟の面から、〈新聞記者的第六感〉を働かすと、このふたりの女性の在り方に、ナニか、関係がありそうなのである。

かつ由のオカミさんは、美人とはいえないが、可愛いタイプで、それなりに、チャーミングである。

サンライトのマダムは、美人であって、これまた、笑顔が魅力的だ——一方が、味噌汁とお新香をやめて、気取ってみたら、相当な改造費をかけたのに、客足が遠のき、他方が、気取りを捨てて、味噌汁とお新香を出して、千客万来である。

私が、〝女の戦い〟を想定するのも、理の当然ではないだろうか。

かつ由のママは、私の忠告を容れて、チーフを迎えに行ってきた。

新装開店から一カ月。レストラン・ラステンハイムは、「お客さま方のご要望により、むかしの、かつ由にもどらせて頂きます」と、貼り紙を出した。

客はまた、かつ由にもどってきた。チーフは、和風ビフテキを焼き終わると、キッチン場から

ノコノコと出てきて、馴染み客の相手をして、ビールを乾した。

ママは、キャッ、キャッと、明るい嬌声を上げながら、レストラン風のテーブルの間を、蝶々サンのように、飛びまわっていた。ズーッと居付いている女の子のカコちゃんも、レジの前に神妙な表情で控えているのをやめて、料理を運んでは、イキイキとしてきた。

新宿の街とは、やはり、そんなとこなのである。

新聞記者とコーヒー

珈琲ならグループ

地元の医大通りに入りながら、ものの十メートルほどのところで、すっかり手間取ってしまった。先を急ぐとしようか。

牛やから百メートルほども進むと、右側にグループという、コーヒー店がある。四、五人ほどのカウンターと、五、六卓ほどの小さな店だが、若いマスターがたててくれるコーヒーが、なんとも旨いのである。

店はせまいし、椅子とて、決して坐り心地が良いわけではなく、客は付近の常連で、高話の声

がうるさく、落ち着けないので、本来ならば、キライな部類に属する店なのだが、コーヒーの美味さにひかれて〝グループ詣り〟なのである。