かつ由のチーフが、わざわざ〈和風ビフテキ〉と銘打った、この店の呼びものは、シイタケ、ピーマン、ニンニクなど、各種香辛料も加えた薬味が、ビフテキの上に山盛りになっているのであった。
盛り合わせは、フライド・ポテト、インゲン、甘煮ニンジンなどの、彩り野菜の時もあるが、ナスの精進揚げとかいった〝和風〟なものもつく。
これが、実に旨い。
牛やのビフテキには、肉の旨さだけで、もうひとつ、コックの愛情が欠けているようだ。
というのは、材料肉の良質さにオンブしてしまって、鉄板焼き風に、サービス係の女性たちが料理するからであろう。
私も、一度だけしか、牛やのビフテキを食べていないから、そう断定する自信はないが、オイル焼きと違って、ビフテキはやはり、コックの手にかけるべき〝料理〟だと思う。
そして、スキヤキも、牛やでは、感嘆して食べた記憶は、あまりない。つまり、ともに、材料肉に頼りすぎて、〈味〉が忘れられている感じなのだ。
しかし、しゃぶしゃぶには、タレの秘訣がある。肉とスープとタレとの、渾然一体のチームワークの〈妙味〉なのだろう。ともかく、絶賛に値する、牛やのしゃぶしゃぶである。
さて、こうして、ビフテキに関しては、隣組のかつ由に軍配をあげるのだが、その〝可愛い〟タイプのママには、まだ書かねばならぬことがある。
深い事情は知らぬが、その誇り高きチーフが、やがて辞めてしまって、ママは方向転換を考えたらしい。
店内改装のため休業、という掲示が出て、大工が入り始めたのは最近のこと。店内をすっかり模様換えしているので、一体どうなることかとみていると、レストラン・ラステンハイムという名前に変わった。新装開店してみると、これまた、隣組のビジネスホテル・サンライトの前マネ
ージャーが、黒服を着て挨拶し、制服のボーイがふたり立ち働く……といったアンバイなのである。
裏通りの横丁で、こんな気取ったレストランが、商売になると思うママの気持ちが、理解できなかった。
元マネージャーくんにきけばボーイ、コックとも、チームを組んで、開店を手伝ってやったということだったが、案の定、かつ由の客は、バッタリと遠のいてしまった。
ママのフンイキと
中食には、味噌汁とお新香付きのサービスランチ。夜は、ママのフンイキとチーフの味とを求めるボトルの客。これが、かつ由の〝存在価値〟だったというのに!
通りで出会ったママに、私は忠告を試みた。
「マダーム・ラステンハイム。景気はどお?」
彼女は、それでも、愛くるしく笑った。
「先生がきて下さらないから、もう、クビをくくらなきゃ……」
「チーフはどうしたのサ?」
「郷里にひっこんだままよ」
「劉備が三顧のこよなき知遇……という言葉、知ってるかい」