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新宿慕情 p.128-129 無医村があるというのに都会には整形医があふれる

新宿慕情 p.128-129 もはや、ノガミの和ちゃんの着物をたくし上げて、隆起物をゴマ化すのは、古いのである。突出部分を、外科的に除去してしまうのである。
新宿慕情 p.128-129 もはや、ノガミの和ちゃんの着物をたくし上げて、隆起物をゴマ化すのは、古いのである。突出部分を、外科的に除去してしまうのである。

オカマの文明〝開化〟

時移り、星変わって……。医が仁術から算術になる時代がくると、オカマの世界にも、文明開化が訪れる。

つまり、さきの形態学的分類の、第二類が登場してくる。

もはや、ノガミの和ちゃんの着物をたくし上げて、隆起物をゴマ化すのは、古いのである。突出部分を、外科的に除去してしまうのである。

湯文字が汚れて、それが、下腹部にベタ付く感触の〝青幻〟は、過去のものになった——胸はオルガノーゲンなどという正体不明の物質の注入でふくらみ、下は、また、一見女性風に整形されるのだから、全裸になろうとも、相手に怪しまれることはない。

造化の神への挑戦である。

〈ナントカを守る会〉態の、権利の主張のみが先行するゴネ得の風潮。株主権の行使が歪められて総会屋の花盛りとなり、無医村があるというのに、都会には〝整形医〟があふれる、といった精神の荒廃からくるヒズミ現象が、まんえんしてきた。

私が、シベリア抑留中に、やはり、独ソ戦で捕虜となり、ドイツの収容所にいたが、米軍に救出された、という、ソ連国籍人の強制労働者が、同じ炭坑で働いていた。

この男は、なかなかのインテリで、私となら、平気でスターリン批判をした。

「アメリカンスキーの奴は、なかなかやるよ。オレたちを、ドイツからすぐにソ連に帰さず、いったん、米本国に連れていって、資本主義社会の繁栄を目撃させたのだ。大量の白いパンとチョコレート。もしも、ソ米戦が起きたらオレは、すぐ両手を上げて捕虜になり、米国に行くよ。カピタリズム、ハラショー(資本主義万才!)」

私が、ソ連の黒パンのまずさを指摘すると、彼はいう。

「確かに、アメリカの白パンのほうが美味い。でも、ドイツの黒パンだってスゴイ」

彼らの収容所に、米軍が進駐してきて、身体捜検をした。彼のポケットから、乾からびた黒パンを発見した米兵が、「これはなんだ?」とたずねた。

彼は、それを口辺に持っていって、食べる真似をして、パンだ、といった。

ドイツの黒パンをためつすがめつ眺めていた米兵は、彼の動作を見ても、これがパンだとは、信じなかった。

「ダワイ! ドクトル!」(医者を呼べ)と、その米兵が叫んだ。パンなのかどうか、医者に調べさせなければ、信じられないほどヒドイ、という笑い話なのであった。

彼は、ユーモリストだった。もうひとつ、彼が私に教えてくれた笑い話がある。

夫と父親のチガい

私が、日本兵捕虜とソ連女との〝恋のもめごと〟について、質問した。

新宿慕情 p.130-131 妊娠の苦痛と分娩の苦痛

新宿慕情 p.130-131 「一九一七年の革命で、我がソビエト社会主義共和国連邦ではセックスも解放された。それは働く労働者と農民と、すべての人びとの共有である」
新宿慕情 p.130-131 「一九一七年の革命で、我がソビエト社会主義共和国連邦ではセックスも解放された。それは働く労働者と農民と、すべての人びとの共有である」

夫と父親のチガい

私が、日本兵捕虜とソ連女との〝恋のもめごと〟について、質問した。

「一九一七年の革命で、我がソビエト社会主義共和国連邦ではセックスも解放された。それは働く労働者と農民と、すべての人びとの共有である」

彼は、姿勢を正すと、オドけた演説口調でいった。

「だが、女性たちは、セックスの行為だけの解放では、満足しなかった。男女同一労働同一賃金制が確立されているのに、ナゼ、女性だけが、十カ月の妊娠の苦痛と、さらには、分娩の苦痛をも負担するのか。男女同権ではないか!」

さしづめ〈ボク食べる人〉のような、下らぬ論議だが、ソ連では、四、五十年前に、取り上げられていたらしい。

「フーン、それで?」と、私。

「女性代表は、かくして、造化の神・万能の神に対し、団体交渉を開始した。会談は難航したが、ついに、両者が歩みよって交渉は妥結した。結果は、造化の神が、分娩の苦痛、つまり、陣痛を、生まれてくる子供の父親に負担させることにした!」

そして、モスクワのアパートで、世界で初めて陣痛を経験する男性が、妻の枕頭でオソレオノノイていた。

新聞記者が詰めかけ、テレビカメラが……(オット、与太が過ぎた。まだTV時代ではなかった)、この、ソ連女性の造化の神に対する、勝利の瞬間を待っていた。

妊婦は安らかに眠っていた。すでに産道はひろがり、破水して、胎児の頭部が露出してきてい

るのに、枕頭の夫は、青ざめて、ふるえているだけだった。

「アリャ! いったい、あの声はなんだ?」

プラウダ紙の記者が叫んだ。一同が、ハッと気付くと、隣室の若い男が、しきりに、ウーム、ウームと唸っている、ではないか!(おわかりかな…)

性が解放された先進国ソ連でさえ、やはり、これではマズイというので、女性代表は、造化の神に再交渉して、この面での〝男女同権〟を諦めた。

造化の神への、オロカな人間の挑戦は、トーローのオノ、風車に突っ込むドンキホーテだったのである。

我が、ソビエト社会主義共和国連邦ですら……。

厳しいノルマの炭坑労働のなかで、日本捕虜とソ連強制労働者とは、〝人間らしく〟大笑いをしたものだった。