果物を・Aさんの枕許におく」タグアーカイブ

最後の事件記者 p.188-189 記者さんでいらっしゃいますか

最後の事件記者 p.188-189 『あのう、私たち兄妹は、Aさんの仲の良い友人なのですが、Aさんの容態は如何でしょう。何しろ、妹が心配してどうしても見舞にというものですから…』
最後の事件記者 p.188-189 『あのう、私たち兄妹は、Aさんの仲の良い友人なのですが、Aさんの容態は如何でしょう。何しろ、妹が心配してどうしても見舞にというものですから…』

ようやく学校友だちをみつけて、彼女に、一緒に見舞に行ってくれ、と頼みこんだ。

『だけど、新聞記者は入れないんです。だから、ボクはあなたのお兄さんになります。記者だということは黙っていて下さい』

大きな果物カゴを買うと、お見舞という札と、目立つようなリボンを飾った。これが小道具である。それをもって、私は彼女と二人で、再び聖母病院に行った。しばらく離れたところでみていると、廊下の入口の巡査を囲んでワイワイやっていた記者たちが、一人減り二人減りして、毎日の某君一人になった。

『あのう、記者さんでいらっしゃいますか』

『ええ、そうですが……』

彼はやや得意然と答える。私にも経験があるのだが、事件の現場などで、こういわれると、何かやはりうれしくて、胸をそらせたくなるものだ。彼は私たち二人をみ、そして、見舞の果物カゴをみた。

『あのう、私たち兄妹は、Aさんの仲の良い友人なのですが、Aさんの容態は如何でしょう。助かりますでしょうか。何しろ、妹が心配してどうしても見舞にというものですから…』

『あ、Aさんですか、大丈夫ですよ。生命には別条ありません。だけど、ウルサくて入れてく

れませんよ』

これで大丈夫である。この会話を立番の巡査に聞かせたかったのだ。記者でさえないことを、第三者、しかも記者に立証させれば、もう充分だ。私たち二人は、また向うの椅子にもどって坐った。やがて、その一人の記者は、しきりに「入れろ」とネバっていたが、あきらめて食事に出ていった。

この機会を狙っていたのだ。私は彼女をうながすと、急いで巡査のもとへ行った。

『アノ、お願いです。元気な顔をみてくるだけですから、入れてやって下さい。この妹が、どうしてもッて、いうもんですから』

巡査はうなずいて、通してくれた。病室の入口の巡査も、第一の関門を通ってきた女連れなので、容易に入れてくれた。私はワクワクである。

ドアをあけて、中に一歩入ったとたん、私は驚いた。病室の中にも一人の巡査がいるではないか! 女二人、男二人が、一室の中で左右に分れてねている。巡査は、その中央のツイタテの処で、フロの番台のように坐っている。

彼女はAさんのニコヤカな表情に迎えられたが、私へは誰の顔からも反応がない。果物をAさ

んの枕許におくと、巡査に背を向けて内ポケットの写真をとり出した。

最後の事件記者 p.190-191 百万円持ち逃げ事件

最後の事件記者 p.190-191 『今日のおタクの夕刊に出ている、仙台の百万円持ち逃げ犯人と同じような男が、ウチに泊っていますがどうしましょうか』
最後の事件記者 p.190-191 『今日のおタクの夕刊に出ている、仙台の百万円持ち逃げ犯人と同じような男が、ウチに泊っていますがどうしましょうか』

彼女はAさんのニコヤカな表情に迎えられたが、私へは誰の顔からも反応がない。果物をAさ

んの枕許におくと、巡査に背を向けて内ポケットの写真をとり出した。

『この男ですか』

Aさんは似てると答えたが、隣りのMさんは、サアと考えた。もう、バレても仕方がない。見舞を装って、男の側へ廻ると、二人の男の枕許で、大ぴらに写真を見せた。二人とも似ていますよ、と答えた時、私は背後から巡査に抱きすくめられてしまった。

面通しの結果は、七十五%も似ている、だったが、このSはやがてシロくなった。私の面通しの結果で、ヴェテラン記者が、すぐその夜に山形へ会いに出張したほどだったが。

下山事件の時は、法医学会へ週刊読売の沢寿次編集長が、法医学者を装ってモグリこんだのだが、開会前に、学校名と氏名の点呼が行なわれて、ツマミ出されたということもあった。

百万円持ち逃げ事件

私の心理作戦が、本当に実を結んだ事件がある。「百万円の四日天下」と、続き写真入りの紙芝居である。私はそこで、旅館の番頭に扮して、ピストルをもった百万円拐帯犯人の逮捕に協力したのであった。

神田神保町の甲陽館という旅館の女将から、電話がかかってきたのは、もう夕方であった。夕刊も終り、朝刊へうつる、緊張から解放された時間だったので、私はものうく、鳴りつづける電話に手をのばした。受話器を耳にあてると、あたりをはばかるような相手の声に、私はハッとひきしまった。

『今日のおタクの夕刊に出ている、仙台の百万円持ち逃げ犯人と同じような男が、ウチに泊っていますがどうしましょうか』

愛読者というものは、ありがたいもので、警察よりも先に知らせてくれたのだ。私はもう一人の記者と、旅館へかけつけた。指名手配の犯人は小島行雄(二一)だが、宿帳には小島行夫とかいてある。

事情を聞いてみると、この日の夕方四時ごろ、若い男二人がパンパン風の若い女二人と連れ立って現れた。四人は少憩ののち、一緒に出かけたかと思うと、やがて男女四人とも、上から下まで新品づくめの、バリッとした服装に変って帰ってきた。

やがて女二人が出かけ、男二人は夕食を食べてからおでかけである。「あの年でどうしてあんなに金が?」と、首をカシげながら、女将が夕刊に眼を通すと、パッと眼を射たのが「百万円持

ち逃げ」の記事だ。宿帳とつき合せてみると、名前も住所もほとんど同じ。