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雑誌『キング』p.114上段 幻兵団の全貌 第一の課題!

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.114 上段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.114 上段

凝視した、その瞬間——

『ペールウイ・ザダーニエ!(第一の課題)

一カ月の期限をもって、収容所内の反ソ反動分子の名簿を作れ!』

ペールウイ(第一の)というロシア語が耳朶に残って、ガーンと鳴っていた。私はガックリとうなずいた。

『ダー』(ハイ)

はじめてニヤリとした少佐が立ち上がって手をさしのべた。生温かい柔らかな手だった。私も立った。少尉がいった。

『三月八日の夜、また逢いましょう。たずねられたら、シュピツコフ少尉を忘れぬよう』

ペールウイ・ザダーニエ! これがテストに違いなかった。民主グループがパンをバラまいて集めている反動分子の情報は、当然ペトロフのもとに報告されている。それと私の報告とを比較して、私の〝忠誠さ〟をテストするに違いない。そして『忠誠なり』の判決を得れば、ブタロイ・ザダーニエ(第二の課題)が与えられるだろう。続いてサートイ、チェビョルテ、ピャートイ…(第三の、第四の、第五の…)と、終身私には暗い〝かげ〟がつきまとうのだ。

——私は、もはや永遠に、私の肉体のある限り、その肩をガッシとつかんでいる赤い手のことを

最後の事件記者 p.128-129 終身暗いカゲがつきまとう

最後の事件記者 p.128-129 陰の濃い少佐の眼を凝視した、その瞬間——『ペールヴォエ・ザダーニエ!(第一の課題)、一ヵ月の期限をもって、収容所内の反ソ反動分子の名簿をつくれ!』
最後の事件記者 p.128-129 陰の濃い少佐の眼を凝視した、その瞬間——『ペールヴォエ・ザダーニエ!(第一の課題)、一ヵ月の期限をもって、収容所内の反ソ反動分子の名簿をつくれ!』

モシ、誓ヲ破ッタラ、ソヴェト社会主義共和国連邦ノ法律ニヨッテ、処罰サレルコトヲ承知シマス。』

不思議に、ペンを持ってからの私は、次第に冷静になってきた。チ、カ、イにはじまる一字一句ごとに、サーッと潮がひいてゆくように興奮がさめてゆき、机上の拳銃まで静かに眺める余裕ができてきた。

最後の文字を書きあげてから、拇印をと思ったが、その必要のないことに気付いて、「誓約書の内容も判らぬうちに、一番最初にサインをさせられてしまったナ」などと、考えてみたりした。

この誓約書を、今まで数回にわたって作成した書類と一緒に重ねて、ピンでとめ、大きな封筒に収めた少佐は、姿勢を正して命令調で宣告した。

『プリカーズ』(命令)

私はその声を聞くと、反射的に身構えて、陰の濃い少佐の眼を凝視した、その瞬間——

『ペールヴォエ・ザダーニエ!(第一の課題)、一ヵ月の期限をもって、収容所内の反ソ反動分子の名簿をつくれ!』

ペールウイ(第一の)というロシア語が、耳朶に残って、ガーンと鳴っていた。私はガックリとうなずいた。

『ダー』(ハイ)

『フショウ』(終り)

はじめてニヤリとした少佐が、立上って手をさしのべた。生温い柔らかな手だった。私も立上った。少尉がいった。

『三月八日の夜、また逢いましょう。たずねられたら、シュピツコフ少尉を忘れぬように』

眠られぬ夜

ペールヴォエ・ザダーニエ! これがテストに違いなかった。民主グループの連中が、パンを餌にばらまいて集めている、反動分子の情報は、当然ペトロフ少佐のもとに報告されている。それと私の報告とを比較して、私の〝忠誠さ〟をテストするに違いない。

そして、「忠誠なり」の判決を得れば、次の課題、そしてまた次の命令……と、私には終身、暗いカゲがつきまとうのだ。

私は、もはや永遠に、私の肉体のある限り、その肩を後からガッシとつかんでいる、赤い手のことを思い悩むに違いない。そして、…モシ誓ヲ破ッタラ…と、死を意味する脅迫が、…日本内地ニ帰ッテカラモ…とつづくのだ。

ソ連人たちは、エヌカーの何者であるかを良く知っている。兄弟が、友人が、何の断りもなく、自分の周囲から姿を消してしまう事実を、その眼で見、その耳で聞いている。私にも、エヌカーの、そしてソ連の恐しさは、十分すぎるほどに判っているのだ。

——これは同胞を売ることだ。