『それはいいっこなしですよ。女房には逃げられるし、生きる希望も元気もなく、そうかといって死ねもせず、こうして昔のよしみで、あなたに就職を頼みにくる始末ですよ』
終りの方は、自分にいいきかせるように、やや感慨をこめていった。鈴木という名も、間違え
ないよう、同僚の名前を合せたものだ。私はオバさんの視線が、チラと自分に注がれたのを感じた。
『しかしね、Tさん。近頃の読売は一体何サ。交成会のことをあんなにヒドク書いてさ。あたしァ、アンタにとっくりいって聞かせねば、と思ってたんだよ』
『ア、そうそう。オバさんは祈り屋だったッけね。だけど、交成会だったのかい? それじゃくるんじゃなかった。読売と交成会とじゃ、全然マズイじゃないか』
『イエ、いいんですよ。それはそれですから、いらしてもいいんだけどサ』
オバさんは、謗法罪といって、交成会の悪口をいうとバチがあたる罪だとか、読売の記事についての、冗談まじりの口論をはじめる。鈴木は、はじめ興味なさそうに、やがて、だんだんと聞耳を立ててくる。
『もっともアンタは、♪今日も行く行くサツ廻り、ッてンだから、あの記事には関係ないんでしょ』
『そうさ。もっとエライ記者がやってるのだよ』
『じゃあ、本当は謗法罪で大変なところなんだけど、まあ勘弁してあげる。お悟りといって、バ
チが当るから、決してあんな記事は書いちゃダメですよ』
酒をのむ手も止めて、二人の話を聞き入っていた鈴木が、この時フィと口を開いた。
『しかし、オバさん。その妙佼さまを拝むと、本当に救われるかい? オレのような奴でもかい?』
オバさんは確信にみちて言下に答えた。
『エエ救われますとも! 妙佼先生という尊い方がいらして、真心から拝めば、キット有難い御利益がありますよ。ただし、いい加減な気持じゃダメですよ』
『だけど、本当かなあ』
鈴木は呟くようにいって、グイと盃をあけた。そして、考えこむ。オバさんはあわれむように鈴木をみつめた。
『一体どうしたのさ。ワケを話してごらんよ。奥さんに逃げられたとかって、ウチにこうして呑みにきたのも、妙佼先生のお手配なんですよ。エ? ネェ、Tさん』
しかし、鈴木は耳に入らないかのように考えこむ。グイ、グイと盃をあけながら、「本当かなあ」「救われるかなあ」と、ひとり呟いている。ややあって、鈴木は思いきったように、顏をあ
げて、真剣にオバさんをみつめていった。